アギナシ Sagittaria aginashi  Makino オモダカ科 オモダカ属
湿生〜抽水植物  環境省準絶滅危惧(NT)・兵庫県RDB Cランク
Fig.1 (西宮市・用水路 2008.8/10)

比較的自然度の高い農耕地周辺の湿地や用水路、休耕田に生える多年草。
除草剤の使用、圃場整備、休耕田の管理放棄などによって急激に減少した種で、各地で減少傾向にある。
葉腋に多数の小球茎を形成してて栄養繁殖し、走出枝はない。葉は根生し、長い柄がある。
葉は矢じり形、頂裂片は披針形〜線形、長さ7.5〜17.5cm、鈍頭。側裂片は頂裂片より少し短く、鈍頭、両面無毛。
花茎は高さ30〜80cm、輪生総状花序をつける。雌花は下部にあり少数、花柄は長さ10〜20mm。苞は3個、狭卵形。萼片3個、卵円形で長さ5〜6mm。
花弁3個、仮雄蕊があり、雌蕊は多数、花柱は短く先は曲がる。
雄花は花序の上部に多数つき、花柄は10〜30mm。花弁3個で円形、長さ10〜13mm。雄蕊は多数、葯は黄色、花糸は扁平で線形。
痩果は広い翼があり、倒卵形、全長3〜3.5mm。

同じオモダカ属のオモダカ(S. trifolia)と非常によく似るが、アギナシは水田内に生えることは殆どなく、草体も大きく、花茎は葉よりも高く上げる。
また、アギナシの葉身の側裂片の先端は、ルーペで観察すると丸みを帯びていて、オモダカのように尖らない。
上裂片は下方の2つの側裂片よりも長いことも重要な特徴で、従来図鑑などで各裂片の幅が狭いものがアギナシとされていたが、
オモダカにもそのような狭葉品が見られ、大きな間違いなので注意したい。
オモダカかアギナシかの判断が難しい場合は、夏以降に株元に形成される小球芽を確認するとよい。
近似種 : オモダカ

■分布:日本全土(沖縄をのぞく) ・ 朝鮮半島、中国
■生育環境:比較的自然度の高い溜池畔、湿地、休耕田、用水路など。
■花期:7〜10月
■西宮市内での分布:市内では用水路中で数個体の自生を確認しているだけで非常に稀。市内では危急種である。

Fig.2 特徴的なアギナシの葉。(西宮市・用水路 2007.9/20)
  オモダカの葉によく似る。区別点は続くFig.3,4 を参照。

Fig.3 アギナシの葉身。(西宮市・用水路 2007.9/20)
  上裂片は側裂片よりも長い。オモダカでは側裂片のほうが長くなる。

Fig.4 側裂片先端部を拡大。(西宮市・用水路 2007.9/20)
  側裂片は先端にむかうにつれて、次第に葉縁が内曲しながら先端部で合着する。
  このため合着した先端部も内へ巻くため、先端部は円頭に近い形となり、ボールペンの先に似る。
  オモダカではこのような特徴は見られない。先端部の観察にはルーペが必要。

Fig.5 アギナシの花序。(西宮市・用水路 2008.8/10)
  花茎は明らかに葉よりも高く立ち上がる。花序は輪生の総状花序で、下部に数個の雌花が、上方には多数の雄花がつく。

Fig.6 雄花。(西宮市・用水路 2008.8/10)
  花径は8〜13mm、雄蕊は多数あって、花糸は扁平、葯は黄色。

Fig.7 花は茎から3個の花柄を輪生して付け、基部に1つの苞葉を付ける。(西宮市・用水路 2007.9/20)
  花茎には鈍い稜があるがかなり不明瞭。オモダカのように翼が生じることはない。
  集合果は多数の痩果をつけ、13〜15mmとかなり大きい。痩果には花柱が残存するが、その先端は鈍頭の嘴状となる。

Fig.8 種子。(西宮市・用水路 2010.9/20)
  種子は発達した翼に囲まれ、翼の縁は波状となる。


Fig.9 夏以降、基部には葉柄にくるまれるようにして小球芽(ムカゴ)が形成される。(西宮市・用水路 2007.9/20)

Fig.10 葉柄を取り去ると、多数の小球芽が現れる。(兵庫県加東市・溜池畔 2008.9/22)
  小球芽は側芽が貯蔵物質を蓄えたもので、1株に20〜30個程度つくられる。
  冬期に親株が枯れた後、小球芽は水に浮遊して、風で水面を流されて随所に運ばれ発芽する。

Fig.11 越冬を待たずに株元から発芽した無性芽。(西宮市・用水路 2007.9/20)
  アギナシ=顎無しの名の如く側裂片はなく、サジオモダカの幼株のようにも見える。

Fig.12 休眠から醒めて発芽した小球芽。(自宅屋外育成 2008.5/11)
  最初は根の生長速度が速い。

Fig.13 初夏に見られる若い葉。(西宮市・用水路 2009.5/29)
  ヘラオモダカの葉に似るが、それよりもかなり細長い。特徴的は側小片はまだついていない。

Fig.14 非対称で不完全な側裂片を生じたアギナシの若い株。(兵庫県加東市・溜池畔 2010.8/8)
  アギナシの若い個体によく見られる。オモダカではこのような例はほとんどなく、小型ながらも側小片を左右対称に生じる。

西宮市内での生育環境と生態
Fig.15 用水路中に点在するアギナシ。(西宮市 2007.9/20)
花期はすぎており、花茎は大きな集合果を付けて用水路内に倒れ込んでいた。
水路内にはヒツジグサも見られ、周囲にはオオミズゴケ、サワギキョウ、サワヒヨドリ、キセルアザミ、ホソバリンドウ、シカクイ、
ヤチカワズスゲ、タチスゲなどが見られる。

他地域での生育環境と生態
Fig.16 溜池畔に生育するアギナシ。(兵庫県加東市 2008.9/22)
コウホネ群落が発達する溜池の流れ込み周辺に数十株が生育していた。小球芽から生育したとみられる幼株も多い。
周辺にはヘラオモダカ、カンガレイ、ハリイ、コナギ、イボクサ、ミズユキノシタなどが見られた。

Fig.17 湿地化した休耕田に見られたアギナシ。(兵庫県篠山市 2009.9/11)
山際からの湧水によって湛水状態となっている休耕田で、一部にはオオミズゴケの群落が発達している。
農家の方にお話しを伺うと、休耕して40年ほど経っており、現在は年1度だけ草刈りを行っているのだという。
休耕田上部に鹿除けの防護柵があるのと、湧水と、適度な草刈りによって、湿生植物には申し分のない環境となっていた。
アギナシは休耕田内の素掘りの水路と、その周辺に発達したオオミズゴケ群落中に生育し個体数も比較的多いほうであった。
休耕田内にはチゴザサ、ヤノネグサ、ハシカグサが多く、キセルアザミ、ヌマトラノオ、サワギキョウ、アブラガヤ、コマツカサススキ、
タチカモメヅル、シカクイ、サワオグルマ、ハンノキの幼木などが混生し、周辺部ではウメモドキ、ノリウツギ、イヌツゲなどの低木が見られた。
また、休耕田を囲む湿った土手にはコシンジュガヤ、ノテンツキ、リンドウ、アキノキリンソウなどが見られ、非常に植生豊富な場所である。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
角野康郎, 1994 オモダカ科オモダカ属. 『日本水草図鑑』 20〜23. 文一統合出版
大滝末男, 1980 オモダカ科. 大滝末男・石戸忠 『日本水生植物図鑑』 199〜209. 北隆館
山下貴司, 1982 オモダカ科. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)『日本の野生植物 草本T 単子葉類』
       1〜2. 平凡社
北村四郎, 2004 オモダカ科. 北村四郎・村田源・小山鐡夫『原色日本植物図鑑 草本編(3) 単子葉類』 p.398〜401. pl.105. 保育社
浜島繁隆, 2001. オモダカ類. 浜島繁隆・土山ふみ・近藤繁生・益田芳樹 (編)『ため池の自然』 p.78〜80. 信山社サイテック
勝山輝男. 2001. オモダカ科オモダカ属. 神奈川県植物誌調査会(編)『神奈川県植物誌 2001』 168〜169. 神奈川県立生命の星・地球博物館
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. アギナシ. 『六甲山地の植物誌』 213. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. アギナシ. 『近畿地方植物誌』 198. 大阪自然史センター
大滝末男, 1982. むかごで殖える水草 (1)アギナシのむかご. 水草研究会会報 58:18〜24
角野康郎・高野温子, 1994 アギナシ. 兵庫県産維管束植物9. 人と自然 18:86
松岡成久. 2009. 丹波地方で発見したアギナシとその生育環境. 兵庫県植物誌研究会・会報 81:5
松岡成久, 2010. アギナシ. 西宮市産植物補遺、並びに西宮市内に生育する要注目種(その2). 兵庫県植物誌研究会会報 85:3〜4. 兵庫県植物誌研究会

最終更新日:1st.Oct.2010

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