イシモチソウ Drosera pelata  Sm. ex Willd.  var. nipponica  (Masam.) Ohwi. モウセンゴケ科 モウセンゴケ属
湿生植物  環境省準絶滅危惧種(NT)・兵庫県RDB Cランク種

Fig.1 (兵庫県三田市・溜池畔 2009.6/4)

湿地周辺の疎林、古い溜池畔などで生育する多年草。食虫植物。
茎は直立し高さ10〜30cm、上部では多少分枝し、無毛。
根生葉は花時には消滅する。茎葉は互生し、多数の腺毛をもつ三日月〜盾形の葉を数多く展開する。
腺毛から分泌される粘液は粘性が高く、イシモチソウの名にふさわしく小石を持ち上げるほどの粘性である。
花序は若い時茎に頂生し、後に対葉性となり、2〜10個の白花をつける。
萼裂片は卵形、鈍頭、ふちは細かく裂けその先に腺がある。花弁は長さ6〜8mm。花柱は3〜5個でそれぞれ指状に4〜6深裂する。
刮ハはやや球形で長さ2.5mm。種子は広楕円形、長さ0.3〜0.4mm。
盛夏には地表から1〜3cmの土中に塊茎を残し、地上部は黒変して枯れ、休眠状態に入る。
平面的に捕虫葉を展開するモウセンゴケなどと比較すると、捕虫葉に小昆虫が捕らえられていることが多いのは、
茎が立ち上がり葉が立体的に付いているためだろう。

丘陵部の宅地開発に伴う湿地の無分別な埋め立てや、レジャー施設の開発によって生育環境を奪われ
急激に減少したと思われる絶滅危惧種。
同属のモウセンゴケに較べ表土上を僅かな水がながれるような水湿地を好まず、やや乾いたような粘土質の場所を好む。
同様な環境を好むコモウセンゴケやトウカイコモウセンゴケも関西周辺では減少傾向にあり、
生育に適した環境が失われつつあることが判る。

■分布:本州(千葉県以南)、四国、九州(絶滅?)、沖縄(絶滅?) ・ インド、ヒマラヤ、マレーシア、オーストラリア、タスマニア
■生育環境:湿地周辺部の疎林や草原。
■花期:5〜6月
■西宮市内での分布:市内では特別保護地域の甲山湿原に自生すると言われるが、未確認。それ以外の場所ではきわめて稀。

Fig.2 立体的に捕虫葉を展開するイシモチソウ。(兵庫県三田市・溜池畔 2007.6/6)
  捕虫葉を茎につけ立体的に広げるものには、ナガバノイシモチソウD. indica)があるが、近畿以西には分布しない。
  自生地を見つけたのは昼過ぎで、午前中花のイシモチソウの花はほとんどが閉じかけていた。


Fig.3,4 イシモチソウの花。(兵庫県三田市・溜池畔 2009.6/4)
  花は外曲する短い総状花序につき、つぼみ時は外曲した花序の上部で下向きとないっているが、開花時には花序の茎が反った最も高い位置で上向きとなる。
  萼片には短毛が生え、縁には腺毛があってアリの侵入を防いでいるのだろう。午前中花で、午後2時には閉じる。

Fig.5 花の核心部。(兵庫県三田市・溜池畔 2009.6/4)
  花は径約1cm。花弁は白色で5個。雄蕊5個。多くの図鑑には雌蕊の花柱は3個でさらに4深裂するとあるが、
  実際は花柱は3〜5個あり、さらに指状に4〜6深裂している。

Fig.6 ハグロケバエらしき双翅目昆虫を捕獲しているイシモチソウ。(兵庫県三田市・溜池畔 2008.5/30)
  捕らえた昆虫の翅ばかり巻き込んで、本体の方は干からびかけているが…

Fig.7 小昆虫を消化し終えた葉。(兵庫県三田市・溜池畔 2008.5/30)
  捕虫葉は茎に互生してつき、三日月〜楯形で長さ2〜3mm、幅4〜6mm。
  開き始めた腺毛からは粘液がたっぷりと分泌され、球となって輝き、妖しくも美しい。

Fig.8 果実期。(兵庫県三田市・溜池土堤 2011.7/3)
  熟した刮ハは黒褐色となる。

Fig.9 刮ハ(黄色い矢印)が熟した個体。(兵庫県三田市・溜池畔 2008.7/21)
  夏期、刮ハが熟す頃には草体は枯れて黒変し、地下に塊茎をつくってはやばやと休眠状態に入る。


Fig.10,11 イシモチソウの種子。(兵庫県三田市・溜池畔 2008.7/21)
  広楕円形で長さ0.3〜0.4mm、黒褐色、表面には正方形に近い四角形の格子模様がある。

Fig.12 塊茎。(兵庫県姫路市・農道脇 2011.8/30)
  盛夏には地表から1〜3cmの土中に塊茎を残し、地上部は黒変して枯れ、休眠状態に入る。

Fig.13 捕虫葉を地表に広げた子株。(兵庫県三田市・溜池畔 2008.5/30)
  親株の周囲にはモウセンゴケをおもいきり小さくしたような子株が、草にかくれながらも多数見られた。
  おそらく種子の発芽率はよいのだろう。刈り取りや野焼きの作業が続けられれば自生地は存続すると思われる。

Fig.14 春先の新茎。(兵庫県小野市・農地の土手 2015.4/12)

西宮市内での生育環境と生態
Fig.15 湿地周辺の半裸地でかろうじて生育するイシモチソウ。(西宮市 2010.5/27)
西宮市内では自然状態で生育するイシモチソウは絶滅寸前である。
ここでは低山の窪地の小さな湿地の草薮との境界付近でわずか2個体が生育・開花していた。
イシモチソウは湿地の中央部には出現せず、表水のない多少乾いたような粘土質で貧栄養な半裸地で見られることが多い。
山側にはコシダとネザサが生い茂って進出中であり、遷移が進むとここのイシモチソウもいずれは見られなくなるだろう。

他地域での生育環境と生態
Fig.16 溜池畔のネザサ群落中に点々と生えるイシモチソウ。(兵庫県三田市 2007.6/6)
ネザサの被植度が低い、貧栄養な溜池の縁近くに生育がみられた。
付近には近縁種のモウセンゴケも多い。

Fig.17 刈り取りと野焼きの行われる溜池畔に生育するイシモチソウ。(兵庫県三田市 2007.5/22)
溜池畔の湿生植物群落の中に生育する。
この自生地では水際部にトキソウ、チゴザサ、スイラン、イヌノハナヒゲ、ホシクサ類が見られ、次にイシモチソウ、カキラン、サワシロギク、ネザサが現われ、
その上部にはノギラン、ノハナショウブが見られ、ネザサ、サワシロギクは上部でも見られる。上部の乾いた場所では良く発達したキキョウの群落が見られる。
また、上部であっても裸地であり湧水が浅く表層を潤す場所にはモウセンゴケとサギソウが見られ、棲み分けの様子が観察された。
これらの群落は適度の攪乱と、刈り取りや野焼きによって維持されているものと思われる。

Fig.18 溜池土堤に群生するイシモチソウ。(兵庫県三田市 2009.6/4)
ふつうであればすぐにネザサをはじめとした有茎雑草に被植されてしまうような場所であるが、刈り込みによってイシモチソウの生育環境が維持されている。
イシモチソウが生育する部分は溜池からの浸透水が見られる場所で、ノテンツキ、コシンジュガヤ、ミヤコアザミ、アリノトウグサなどが生育する。
画像左上のイシモチソウの群落よりも上の部分には成長期のキキョウが生育しているのも見られる。

Fig.19 禿山の林道脇に群生するイシモチソウ。(兵庫県たつの市 2011.6/5)
流紋岩質凝灰岩の貧栄養な禿山の林道脇の粘土質の湿った場所にイシモチソウが群生していた。
周辺はシバ、アリノトウグサ、ノグサ、ソクシンラン、ニガナ、カナビキソウ、トウカイコモウセンゴケなど、同様な環境を好む種が多く見られた。


【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑や一般書籍を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
佐竹義輔, 1982. モウセンゴケ科モウセンゴケ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)
       『日本の野生植物 草本2 離弁花類』 p.120〜121. pls.115〜116. 平凡社
北村四郎・村田源, 2004 モウセンゴケ科モウセンゴケ属. 『原色日本植物図鑑 草本編(2) 離弁花編』 p.167〜168. pl.39. 
牧野富太郎, 1961 イシモチソウ. 前川文夫・原寛・津山尚(補遺・編) 『牧野 新日本植物図鑑』 222. 北隆館
長田武正・長田喜美子, 1984 イシモチソウ. 『野草図鑑 8 はこべの巻』 p.21. pl.19. 保育社
天野誠. 1998. イシモチソウ. 矢原徹一(監修)『絶滅危惧植物図鑑 レッドデータプランツ』 325. 山と渓谷社
近藤浩文, 1982 甲山周辺の湿地植物. 『六甲の自然』 85〜87. 神戸新聞出版センター
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. イシモチソウ. 『六甲山地の植物誌』 127. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. イシモチソウ. 『近畿地方植物誌』 100. 大阪自然史センター
黒崎史平・高野温子・中村俊之 2001. イシモチソウ. 兵庫県産維管束植物3 モウセンゴケ科. 人と自然12:150. 兵庫県立・人と自然の博物館

最終更新日:11th.June.2015

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