カキラン Epipactis thunbergii  A. Gray. ラン科 カキラン属
湿生植物  兵庫県RDB Cランク種
Fig.1 (三田市・溜池直下の湿地 2007.6/23)

日当たりの良い湿地に生育する多年草。
草丈は30〜70cm程度になり、基部の茎はやや紫色味を帯び、葉は茎を抱き狭卵形で、脈間に縦皺が多く互生し先端は鋭頭。
葉は茎頂部に向かうほど小さくなり、花の付く最上部付近では、花茎に付属する苞葉のようにも見える。
初夏に茎の頂部の葉腋から花茎を出して多数の柿色の花をつける。
以前はあちこちでよく見かけたが、近年は開発や環境の変化と盗掘のためか、かなり減少している。

■分布:本州、沖縄
■生育環境:日当たりのよい湿地など。
■花期:6〜7月
■西宮市内での分布:市内では中・北部に数箇所の自生地があるが、遷移と盗掘のため、個体数は減少しつつある。

Fig.2 カキランの花。(西宮市・溜池畔 2007.6/27)
  萼片は3枚でやや褐色を帯びた黄色で鋭頭。側花弁は山吹色で卵形鈍頭。
  唇弁は萼片と同長で、鮮紅色の斑紋があり、上下2唇に分かれ、下唇は内側に湾入する。

Fig.3 カキランの花を訪れたアリの仲間。(西宮市・湿地 2006.6/30)
  アリがカキランの蕊柱に口吻を押し付けている。カキランの花にはアリが訪花していることが多い。
  しかし、蜜だけを盗んでいて、身体が小さいため大きな花粉塊を運ぶポリネーターとは成り得ない。

Fig.4 群生するカキラン。(神戸市・湿地 2007.7/15)
  このような大きな群生は、近年ではほとんど見られなくなった。
  開花の終わった下方の花では、子房がふくらんで果実を形成しはじめている。  

Fig.5 茎。(兵庫県三田市・溜池畔 2008.5/30)
  茎の基部は紫色を帯びる。葉の基部は茎を抱く。

Fig.6 成熟したカキランの果実。(西宮市・湿地 2007.10/14)
  やがて、刮ハの溝が割れて、中から微細でホコリのような種子を大量に散らす。
  この時期のカキランは、背丈の高い植物に埋もれて倒れ込み、草を掻き分けて探さないとなかなか目に付かない。

Fig.7 裂開して種子がこぼれ出た果実。(西宮市・湿地 2007.10/14)

Fig.8 カキランの種子。(西宮市・湿地 2007.10/14)
  種子は長さ約2mmで、胚と種皮のみからなる単純な構造である。
  下の顕微鏡画像で、長く横に広がっているのが細胞膜からなる種皮で、中心部に透けて見える褐色の粒が胚。
  種子は水を吸うと、胚の中に浸透させ、胚は内部にあるわずかな脂質を分解して肥大し、種皮を破り発芽する。
  発芽した胚は、さらに膨らんでプロトコームと呼ばれる仮根を出した状態となる。
  胚は、このプロトコームの時期に仮根や胚柄からラン菌を取り込むことによって、ラン菌から糖類、アミノ酸、植物ホルモンの供給
  を受けてようやく生育できる。
  大半の胚はプロトコーム期にラン菌を取り込むことができずに枯死してしまう。
  そのため、ランの種子は果実内で大量に生産される。

Fig.9 成長期のカキラン群落。(兵庫県三田市・溜池畔 2008.5/30)

西宮市内での生育環境と生態
Fig.10 密集したヌマトラノオ群落中に点在するカキラン。(西宮市・溜池畔 2007.6/27)
同じ初夏の花であるヌマトラノオと較べると、開花は2週間ほど早く、群落の中にカキランを見出すことは容易。
ここでは十数株の自生が確認できた。
画像中にはネザサやススキの葉の他、ムカゴニンジンやヒメシダなども見えている。

Fig.11 湿原で見られたカキラン。(西宮市・湿原 2008.7/10)
カキランは湿生植物であるが、湿原の中央部で生育していることはなく、表土がやや渇き気味の湿地周辺で群生することが多い。
画像のものも、イヌツゲ、アカマツ、キガンピなどの小低木やネザサ、ヌマガヤ、トダシバなど湿地の周辺部を特徴付けるような種とともに
湿原周辺部に生育していた。

他地域での生育環境と生態
Fig.12 ノハナショウブなどとともに湿生植物群落を形成するカキラン。(兵庫県三田市・溜池畔 2008.6/17)
カキランとノハナショウブは開花期がちょうど同じ時期であり、入り混じって開花する姿は美しい。
この溜池畔ではかなり大きなカキランの群落が4ヶ所ほど見られた。生育状況も非常によく、大株となっている。
ここでは、この後ノギランとモウセンゴケの開花がはじまり、次にヌマトラノオ、キキョウが開花し、さらに8月にはサギソウの開花が始まる。

Fig.13 谷津田の山際斜面下部に群生するカキラン。(兵庫県洲本市・棚田斜面 2010.6/26)
谷津の棚田の休耕田脇にある山際斜面に湧水がにじみ出し、そこに多数の株が生育し、畦にも生育が見られた。
斜面は草刈りが行われて良好な草地環境が出現しているが、水田が休耕されたことによって草刈りが継続されなければ、ネザサに覆われてしまうだろう。
この斜面ではオカトラノオ、ツリガネニンジン、ノギラン、ソクシンラン、オミナエシ、モウセンゴケ、ミズユキノシタ、オタルスゲ、ゴウソ、タチスゲ
などが見られ、自然度が高い。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑、および一般書籍を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
里見信生, 1982 ラン科カキラン属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)
       『日本の野生植物 草本T 単子葉類』 p.208. pls.187. 平凡社
村田源, 2004 ラン科カキラン属. 北村四郎・村田源・小山鐡夫 『原色日本植物図鑑 草本編(3) 単子葉類』 p.30〜31. pls.8. 保育社
牧野富太郎, 1961 カキラン. 前川文夫・原寛・津山尚(補遺・編) 『牧野 新日本植物図鑑』 888. 北隆館
秋山守・佐宗盈 2001. ラン科カキラン属. 神奈川県植物誌調査会(編)『神奈川県植物誌 2001』 500〜503. 神奈川県立生命の星・地球博物館
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. カキラン. 『六甲山地の植物誌』 255. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. カキラン. 『近畿地方植物誌』 133. 大阪自然史センター
小田倉正圀, 2004 ラン科の山野草全般. 東京山草会『タネから楽しむ山野草』 236〜245. 農文協
矢野悟道・竹中則夫. 1978. 甲山湿原(仁川地区)の植生調査並びに保全に関する報告書. 西宮市自然保護課
黒崎史平・高野温子 2009. カキラン. 兵庫県産維管束植物11 ラン科. 人と自然20:183. 兵庫県立・人と自然の博物館

最終更新日:27th.Jun.2010

<<<戻る TOPページ