ヌマガヤ Moliniopsis japonica  (Hack.) Hayata. イネ科 ヌマガヤ属
湿生植物
Fig.1 (西宮市塩瀬町名塩・溜池畔 2007.10/14)

湿地や溜池畔、湿地由来の湿田脇の水路などで見られる大型の多年草。
亜高山帯から低地の湿地まで見られ、貧栄養な環境を好む。亜高山帯の高層湿原では矮小化し、花序はほとんど開かない。
根茎は短く節間が短縮して肥大し、密に鱗片で覆われ、草体は叢生し、群落をつくることが多い。
茎(稈)は直立〜やや斜上し30〜120cmになり、平滑、無毛で、基部から花序までに節はなく、基部は肥厚する。
葉は硬く、線形、長さ30〜50cm、幅約1cm、表面は緑色で光沢があり、裏面は粉白味を帯びる。葉舌は密生する短毛となる。
花序は20〜40cmで散形花序。分枝した花序枝先端に1個の小穂をつける。小穂は2〜6個の両性小花からなり、長さ8〜12mm、やや光沢がある。
苞穎は2個で不同長で短く、護穎は平滑で長さ4〜5.5mm、無毛で3脈あり、鈍頭。芒はない。小花の基部には束毛がある。

■分布:南千島、北海道、本州、四国、九州 ・ 朝鮮半島
■生育環境:貧栄養は湿地、溜池畔など。
■花期:8〜10月
■西宮市内での分布:市内では主に中部〜北部にかけての湿地や溜池畔に分布。ときには棚田上部の湿田脇の水路などでも見られる。
              山中の渓流脇の湿地とは程遠い場所に自生しているのを見かけることもあり、市内では普通な種だといえよう。
              兵庫県内では分布が南東部に偏り、北部でははとんど見られない。
              自生地では群生することが多く、湿地や湿原の景観を構成する重要種である。

Fig.2 全草標本。(西宮市・湿地 2008.9/28)
  肥厚した根茎から花序を上げているものを分けたもの。有花茎は長く110cm近くに及んだ。

Fig.3 開花中の花序。(兵庫県三田市・湿地 2008.9/28)
  夕暮れに白い雌蕊柱頭が浮かび上がっていた。

Fig.4 花序は散形花序。花序枝先端に小穂を1個つける。(西宮市・湿地 2006.9/22)
  花序枝は花序中軸から2叉分岐して斜上することが多く、間延びした花序枝の先端に1個の小穂をつける。
  このため小穂は花序にまばらについている印象を受ける。

Fig.5 小穂は2〜6小花からなり、苞穎は不同長で短く、小花穎に芒はなく鋭尖頭。(西宮市塩瀬町名塩・湿地 2007.10/14)
  小穂は普通、淡緑色だが、紫色を帯びるものも多い。
  小花からのぞいた雌蕊柱頭は白色羽毛状、雄蕊の葯は濃紫褐色。

Fig.6 開花中の小穂。(兵庫県三田市・湿地 2008.9/28)

Fig.7 多様な小穂の色と形。(西宮市塩瀬町名塩・湿地 2007.10/14)
  それぞれ別の株から採取した花序の小穂部分。1目盛は1mm。
  穎が紫色を帯びるもの、少数の小花からなるものなど様々である。

Fig.8 小穂の拡大。(西宮市塩瀬町名塩・湿地 2007.10/14)
  画像の小穂は6小花からなる。すべての小花穎に芒はない。
  小花の護穎は無毛で、3脈ある。

Fig.9 小花の構造。(西宮市塩瀬町名塩・湿地 2007.10/14)
  小花の基部には白色長毛が束生する。
  護穎には3脈、内穎は無脈で、護穎の3/4長、膜質に近い洋紙質。穎果は長楕円形で長さ約2.5mm。
  小花の花軸側には、先端が切り形になった小軸がつくが、これはかつて小軸の先端に小花が付いていた名残である。

Fig.10 葉身表面の拡大。(西宮市塩瀬町名塩・湿地 2007.10/14)
  表面には硬質の短毛が上向きに脈上にやや密に生えているため、触るとざらつく。

Fig.11 葉身裏面の拡大。前画像の裏面。(西宮市塩瀬町名塩・湿地 2007.10/14)
  裏面には気孔が密に並ぶため粉白味を帯び、長い毛がまばらに生える。
  葉縁には微細な上向きの硬質の短毛があって、ざらつく。

Fig.12 溜池畔のオオミズゴケ群落中で生育する成長期のヌマガヤ。(西宮市・溜池畔 2008.7/7)
  葉の表面の光沢がよく目立つ。

西宮市内での生育環境と生態
Fig.13 湿原の周囲を縁取るヌマガヤ。(西宮市・湿地 2006.9/22)
湿地内ではミカヅキグサ、イヌノハナヒゲ、シロイヌノヒゲが優占し、湿地の周縁部ではヌマガヤが群生する。
このような環境ではヌマガヤの株元周辺にはオオミズゴケ群落が発達することが多い。

Fig.14 湿地内でトダシバとともに群生するヌマガヤ。(西宮市塩瀬町名塩・溜池跡の湿地 2006.9/22)
まばらに小穂をつけたものがヌマガヤで、花序枝に多数の小穂をつけているものがトダシバ。
この小湿地は、まだ遷移の初期の時期で、ヌマガヤのほうが優勢だった。
株元にはサワギキョウ、サワシロギク、カキラン、ヤチカワズスゲ、アギスミレなどが見られる。

他地域での生育環境と生態
Fig.15 湿原で群生するヌマガヤ。(兵庫県加東市・湿原 2008.9/22)
兵庫県東南部では丘陵などの低地の湿地でヌマガヤ群落がよく発達している。
溜池の源頭部に広がった湿原の大部分をヌマガヤ群落が占めていた。

Fig.16 農業用水路の脇で生育するヌマガヤ。(兵庫県加東市・水路脇 2008.10/12)
兵庫県東南部ではときにヌマガヤは用水路脇に生育していることがある。
ここでは群生するミズオトギリの中にカモノハシ、ホソバリンドウ、ヤマラッキョウなどとともに見られた。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
大井次三郎, 1982. イネ科ヌマガヤ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)
       『日本の野生植物 草本1 単子葉類』 p.106. pls.89. 平凡社
小山鐡夫, 2004 イネ科ヌマガヤ属. 北村四郎・村田源・小山鐡夫 『原色日本植物図鑑 草本編(3) 単子葉類』 p.340. pls.87. 保育社
牧野富太郎, 1961 ヌマガヤ. 前川文夫・原寛・津山尚(補遺・編) 『牧野 新日本植物図鑑』 721. 北隆館
桑原義晴, 2008 イネ科ヌマガヤ属. 『日本イネ科植物図譜』 p.331. pls.25. 全国農村教育協会
藤本義昭. 1995. イネ科ヌマガヤ属. 『兵庫県イネ科植物誌』 160〜161. 藤本植物研究所
近藤浩文, 1982 甲山周辺の湿地植物. 『六甲の自然』 85〜87. 神戸新聞出版センター
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. ヌマガヤ. 『六甲山地の植物誌』 233. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. ヌマガヤ. 『近畿地方植物誌』 179. 大阪自然史センター
矢野悟道・竹中則夫. 1978. 甲山湿原(仁川地区)の植生調査並びに保全に関する報告書. 西宮市自然保護課

最終更新日:5th.Nov.2009

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