ナガボノワレモコウ Sanguisorba tenuifolia  Fisch. ex Link バラ科 ワレモコウ属
湿生植物  兵庫県RDB Aランク種

Fig.1 (兵庫県播磨・用水路脇 2010.11/24)

Fig.2 (兵庫県摂津・用水路脇 2013.10/22)

湿地や溜池畔、湿った草地などに生える多年草。
根茎は太く、葉を根生する。茎は直立し、高さ80〜130cmになり、無毛、上部で分枝する。
根生葉は11〜15個の小葉からなり、小葉は線形〜線状長楕円形で、長さ2〜8cm、幅10〜20mm、そろった3角形のあらい鋸歯がある。
花穂は各枝の先につき、円柱形で細く、長さ2〜7cmで、先は垂れる。
花に花弁は無く、4中裂する萼があり、緑色をおびた白色〜濃紅色。雄蕊4個、長く花の外に出る。
花糸は白色で、扁平、上部は幅が広くなり、葯は暗紫色。

【メモ】 ナガボノワレモコウは4変種が認められていたが、ナガボノワレモコウとコバナノワレモコウは区別が難しいとされる。
     その後、国内のナガボノワレモコウの染色体数の再検討が行われ、関東地方以北では12倍体(2n=84)、関東地方以西では8倍体(2n=56)である
     ことが確認された(Mishima et al. 1996)が、形態比較はされておらず、検討された標本の中に兵庫県産のものは含まれていなかった。
     また、花穂の紅色のものをナガボノアカワレモコウ、白色のものをナガボノシロワレモコウとすることが多いが、自生地では白色から淡紅色のものが
     混生している例が多く、紅色の個体と白色の個体が混生する例もしばしばあるという(小林ほか 1998)。よって、花色の違いは同一分類群内の変異である可能性がある。
     以上のことから、ここでは形態的特徴を含めた再検討が必要な種という前提で、ナガボノワレモコウとした。
     兵庫県下の播磨地方では白花品に混じって稀に紅花品が見られる。この地方で見られる紅花品の花穂は鮮紅赤色で白花品よりも短く、雄蕊は白花品よりも長く、
     正常な結実は見られず不稔であるため、ワレモコウとの種間雑種ワレモコウモドキS. x pseudoofficinalis)である可能性が高い。
ワレモコウS. officinalis)は山野に普通に見られ、花穂は暗紫色で長さ1〜2.5cm。花糸は暗紅色で、萼裂片とほぼ同長。
近似種 : ワレモコウ
関連ブログ・ページ 『Satoyama, Plants & Nature』 ナガボノワレモコウとワレモコウの推定種間雑種

■分布:北海道、本州、四国、九州 ・ 朝鮮半島、中国東北部、樺太
■生育環境:湿地、溜池畔、用水路脇、湿った草地など。
■花期:8〜11月
■西宮市内での分布:市内では1990年代に採られた紅花品の標本があるが、現在も生育しているか不明である。

Fig.3 根生葉。(兵庫県播磨・用水路脇 2010.11/24)
  根生葉には光沢があり、小葉はワレモコウよりも大きく、細長い。

Fig.4 茎下部の葉。(兵庫県播磨・溜池土堤 2010.11/24)
  葉は互生し、根生葉よりも小葉の数は少なくなり、幅も狭くなり、各小葉の先はとがる。
  小葉基部付近の中軸には小片が付属することがある。

Fig.5 中〜上部の葉。(兵庫県播磨・溜池土堤 2010.11/24)
  小葉は上部に向かうにつれて細くなり、枚数は減少し、茎下部の葉に見られた小片は消失する。
  最上部の葉は葉柄を欠いた、ごく小さな単葉となる。

Fig.6 葉表(左)と葉裏(右)。(兵庫県播磨・溜池土堤 2010.11/24)
  葉の表面は無毛で光沢があり、脈は凹む。鋸歯は3角形、先は急にとがり、上を向く。
  裏面は光沢がなく、白味を帯び、中央脈は突出、側脈は隆起し、脈上には斜上する微短毛がまばらに生えていた。

Fig.7 開花前の花茎。(兵庫県播磨・草地土手 2012.11/8)
  開花前でも花穂は長く、ワレモコウとは区別できる。また茎も少し太い。

Fig.8 茎上部。(兵庫県播磨・溜池土堤 2010.11/24)
  茎上部では主茎から互生して分枝し、分枝した枝はさらに枝を分け、各枝の先に花穂をつける。

Fig.9 花穂。(兵庫県播磨・溜池土堤 2010.11/24)
  花穂はワレモコウよりも細長く、先は垂れる。白花品では雄蕊の暗紫色の葯がよく目立つ。

Fig.10 開花途上の花穂。(兵庫県播磨・溜池土堤 2010.11/24)
  花穂には多数の花がつき、上部から開花が始まり、花穂を伸ばしつつ順次下方へと開花して行く。

Fig.11 花穂の一部拡大。(兵庫県播磨・溜池土堤 2010.11/24)
  花のつぼみは先が割れると、まず4個の雄蕊を伸ばし、開花すると同時に暗紫色の葯が開いて、黄色の花粉が露出する。
  花糸の色は白色で、萼裂片が濃紅色の個体ではよく目立つ。
  萼裂片が平開して雌蕊の柱頭が見える頃には、雄蕊の葯は花粉は放出し終えており、花はそこから雌性期に入っていると考えられる。

Fig.12 つぼみと苞葉。(兵庫県播磨・溜池土堤 2010.11/24)
  花被の外面、苞葉や中軸には微短毛が生える。苞葉は倒卵形で、鋭頭、先は暗紫色だった。

Fig.13 花被。(兵庫県播磨・溜池土堤 2010.11/24)
  花に花弁はなく、萼は中4裂する。萼裂片の色は白色〜濃紅色と変異に富む。画像のような白花のものは先端部が緑色を帯びる。
  萼裂片(花被片)は広卵形で、先はやや鋭頭〜鋭頭。

Fig.14 花被の拡大。(兵庫県播磨・溜池土堤 2010.11/24)
  雌蕊は1個で、萼裂片よりも短く、花柱はやや扁平で白色、柱頭は半円形〜扇形でやや扁平、柱頭には乳頭状突起が多数並び、淡黄色〜濃紅色。
  雄蕊は4個、花糸は扁平で、花被の約2倍長、上部に向かうにつれ幅広くなる。葯は暗紫色。花粉は黄色。

Fig.15 伸びた花穂。(兵庫県播磨・溜池土堤 2010.11/24)
  花穂は下に向かって開花しながら花穂の下方が伸びていく。
  伸びた花穂の上部の花被は受粉後で、花被片は宿存しているが、子房はすでにかなり膨らんでいる。

Fig.16 花穂が紅色となった個体。(兵庫県摂津・用水路脇 2013.10/22)
  ときに同一自生地に白花品と紅花品が混生し、その中間に様々な色の濃淡が見られる。
  いずれのものも結実は正常であるため、白花品と紅花品を品種として分ける必要はないだろう。

Fig.17 花穂が濃紅色のもの。(兵庫県摂津・用水路脇 2013.10/22)
  紅色や白色のものに比べて、花穂が非常に細いものだった。

Fig.18 花穂がピンク色のもの。(兵庫県摂津・用水路脇 2013.10/22)
  紅色と白色のちょうど中間の色を持つもの。

Fig.19 結実した花穂。(兵庫県播磨・溜池土堤 2010.11/24)
  結実しても花被は残っているものが多い。

Fig.20 果実。(兵庫県播磨・溜池土堤 2010.11/24)
  果実は痩果。長さ2.5〜3mm、褐色で倒卵形、4稜あり稜は翼状となり、表面にはしわが多く、短毛がまばらに生える。

Fig.21 初夏の成長途上の草体。(兵庫県播磨・溜池土堤下部 2011.7/12)
  小葉の細長さが目立つ。

Fig.22 白花の群生に混じって見られた紅花の不稔個体。(兵庫県播磨・溜池土堤 2011.11/14)
  白花品のみの自生地の中に、少し花穂の短い鮮紅色の紅花品が数個体混生しており、ワレモコウとの交雑が推定される。

Fig.23 短い紅花品の花穂。(兵庫県播磨・溜池土堤 2011.11/14)
  Fig.21の花穂の拡大。雄蕊が花冠から長く飛び出し、花が鮮やかな鮮紅色となることによりワレモコウと異なることがわかる。
  しかし、白花のナガボノワレモコウの花穂ほど長くなく、結実期に種子を調べると充実したものは見られず不稔であった。
  近くにはワレモコウも生育していることから、この場所の紅花品はワレモコウとの種間雑種ワレモコウモドキS. x pseudoofficinalis)だと考えられる。
  詳細は関連ブログ・ページ「ナガボノワレモコウとワレモコウの推定種間雑種」を参照。
  ワレモコウモドキについては近く独立したページを作成予定。

生育環境と生態
Fig.24 溜池土堤に生育するナガボノワレモコウ。(兵庫県播磨・溜池土堤 2010.11/24)
チガヤが優占する草刈りの行われる溜池土堤に生育しているもので、小さな溜池の土堤だが100株近く生育していた。
チガヤの他にはナワシロイチゴと矮小化したネザサが多く、ついでヨモギ、セイタカアワダチソウ、ツリガネニンジン、キツネノマゴが多く見られ、
一部ではヤマラッキョウが密に群生している。

Fig.25 溜池土堤直下の水路脇に生育するナガボノワレモコウ。(兵庫県播磨・溜池土堤 2010.11/24)
Fig.16とは別の溜池で、溜池土堤と水田の間に素掘りの排水路が掘られ、その土堤側に20個体程度が生育している。
土堤ではやはりチガヤが優勢で、ススキ、ツリガネニンジン、ネコハギ、メドハギが多い。
ナガボノワレモコウの周辺にはオヘビイチゴ、ヌマトラノオ、ヤノネグサ、チゴザサ、ヒメジソ、アキノタムラソウ、キツネノマゴ、ノアズキ、ウマノアシガタ、
ゲンノショウコ、ヒメクグなどが見られた。

Fig.26 水田の土手に生育するナガボノワレモコウ。(兵庫県播磨・水田の土手 2010.12/12)
丁寧に刈り込まれたチガヤ主体の水田の土手に点在している。
圃場整備と溜池改修工事が行われた地区だが、付近では溜池土堤や用水路脇などにも残存個体があり、計50個体程度が確認できた。
開花期に刈り込みにあったためか、12月中旬になっても花茎をあげて開花中だった。

Fig.27 強度な草刈りに遭ったナガボノワレモコウ。(兵庫県播磨・溜池土堤 2011.11/14)
毎年、頻繁に強度の草刈りと野焼きの行われる溜池土堤に生育している集団である。
このような場所に生育するものは花茎数は少なく、花茎も低い。
堤体の一部は画像のように根生葉を広げたナガボノワレモコウによって被われており、地下には太い根茎が複雑に絡み合って広がっている。
このような群落になるまでには相当な年月が経っていると思われる。
頻繁な草刈りと野焼きにより、堤体の一部は半裸地状となっている場所も見られ、そこではミズスギやトウカイコモウセンゴケが生育していた。

Fig.28 白花品と紅花品が混生するナガボノワレモコウ自生地。(兵庫県摂津・用水路脇 2013.10/22)
主に用水路脇に生育しているが、付近は段丘崖によって湧水が湧出しており、水の供給が絶えないような環境である。
湧水地から続く用水路内にはチャイロカワモズクが生育しており、湧出量も充分な量であることが解る。
用水路周辺にはヘラオモダカ、キツネアザミ、シカクイ(狭義)、ヒメヒラテンツキ、アブラガヤ、サワヒヨドリ、オギノツメ、ハイヌメリ、
リンドウ、ヤマラッキョウ、ヤノネグサなどが見られた。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
北村四郎・村田源, 2004 コバナノワレモコウ. 『原色日本植物図鑑 草本編(T) 合弁花類』 p.125. pl.30. 保育社
籾山泰一, 1982. バラ科ワレモコウ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)
       『日本の野生植物 草本2 離弁花類』 p.183〜184. pls.175〜177. 平凡社
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. ナガボノワレモコウ. 『六甲山地の植物誌』 37〜38,140. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. コバナノワレモコウ. 『近畿地方植物誌』 93. 大阪自然史センター
Mishima,M. Iwatsubo,Y. Horii,Y. and Naruhasi,N. 1996. Intraspecific polyploidy of Sanguisorba tenuifolia Fisch. (Rosaceae) in Japan.
J. Phytogeogr. & Taxon. 44:67〜71.
小林禧樹・黒崎史平. 1998. 兵庫県におけるナガボノワレモコウの分布と生育環境. 兵庫の植物8:17〜20. 兵庫県植物誌研究会
福岡誠行・池田博・川崎哲也・黒崎史平・高野温子・鳴橋直弘 2002. ナガボノワレモコウ. 兵庫県産維管束植物4 バラ科. 人と自然13:155. 兵庫県立・人と自然の博物館

最終更新日:3rd.Mar.2014

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