ノハナショウブ Iris ensata  Thunb.
   var. spontanea  (Makino) Nakai
アヤメ科 アヤメ属
湿生植物  兵庫県RDB Cランク種
Fig.1 (兵庫県三田市・溜池畔 2008.6/17)

Fig.2 (兵庫県篠山市・溜池土堤 2013.6/18)

湿地、溜池畔、用水路脇、湿った草原に生育する多年草。
根茎は太く分枝して、褐色の繊維を密生する。
葉は剣状線形で、長さ30〜60cm、幅5〜12mm、太い中央脈が目立つ。
花茎は直立して、高さ40〜80cm、頂部に数個の苞葉があり、そこから花柄を出して数個の花を順次開花する。
花は赤紫色で径約10cmで、それぞれ3個づつの外花被片と内花被片、3分枝する花弁状の花柱からなる。
外花被片は楕円形で先が垂れ、中央から基部の爪にかけては黄色となる。
内花被片は狭長楕円形で直立し、長さ4cm前後、花柱分枝の先は2裂し、裂片はほぼ全縁。
花柱裂片は横に広がり、先は2裂し、縁には歯牙がある。
刮ハは楕円形で、長さ2〜3cm。成熟すると3裂し、暗褐色で扁平な種子が落ちて水に浮く。

ノハナショウブは古くから観賞用に栽培されているハナショウブI. ensata)の原種で、ハナショウブには500種近くの品種があるという。
園芸種のハナショウブが最初に記載されたため、ノハナショウブはハナショウブの変種という位置づけになっている。

同属で湿地や湖沼、溜池畔に生育するカキツバタ(I. laevigata)は抽水状態で見られることが多く、葉に中央脈がなく、
雄蕊の葯は白色で、外花被片の中央部は黄色にならない。
近似種 : キショウブ、 カキツバタ、アヤメ

■分布:北海道、本州、四国、九州 ・ 朝鮮半島、中国東北部、シベリア東部。
■生育環境:湿地、溜池畔、用水路脇、湿った草原など。
■花期:6〜7月
■西宮市内での分布:仁川・甲山湿原(市天然記念物、特別保護地域)と周辺湿地に生育し、北部の棚田でもわずかに見られる。

Fig.3 ノハナショウブの花。(兵庫県三田市・溜池畔 2007.6/21)
  外花被片の基部は黄色となり、網目模様はない。

Fig.4 内花被片と花柱分枝。(自宅植栽・栽培品 2008.6/15)
  3個の内花被片は狭長楕円形で直立する。
  花柱は3分枝して、分枝は平たい花弁状、雌蕊は上部の裏側につき、その少し下方に黄色い葯をもった雄蕊がつく。
  画像は外花被片を押し下げて、雄蕊が見えるようにしたもので、普段は花柱分枝と外花被片は密着している。
  蜜腺は花柱分枝と外花被片の間にあり、ハナバチはその間に潜り込んで蜜を得る。
  この時、ハナバチの背に花粉がつき、ハナバチが次の花に移って同じように潜り込むと、背中の花粉が花柱分枝の先にある雌蕊柱頭につく。
  アヤメ属の花は、潜り込むのが上手く、近くの花を次々と移動しながら吸蜜する習性のあるハナバチを効率よく利用している。

Fig.5 成熟して割れた刮ハ。(兵庫県三田市・用水路脇 2007.10/7)
  刮ハは楕円形で、表面は粉白色を帯びていることが多い。

Fig.6 冬期に残存していた割れて開いた刮ハと種子。(兵庫県三田市・用水路脇 2007.2/5)
  種子は扁半円形で扁平、長さ5〜7mm、暗褐色。

Fig.7 発芽間もない実生苗。(自宅植栽 2007.4/20)
  Fig.5 の種子を蒔種したもの。種子の発芽率は良い。

Fig.8 花茎を上げる前の成長期のもの。(兵庫県三田市・溜池畔 2007.6/6)
  キショウブのように大きくはならず、葉幅も広くはない。
  画像のものは梅雨による溜池の満水で抽水状態であるが、多少の期間は抽水状態でも耐えるが、あまり生育は良くない。

西宮市内での生育環境と生態
Fig.9 棚田の用水路脇に生育するノハナショウブ。(西宮市・用水路脇 2011.6/23)
自然度の高い棚田奥の休耕田と果樹園の境界を流れる草深い用水路脇でわずかに開花した個体が生育していた。
ネザサやススキが繁っているが、水際近くではショウブ、ミソハギ、ヒメシダ、ヤマキツネノボタン、ミツバ、ヤノネグサなどが生育している。

他地域での生育環境と生態
Fig.10 棚田の用水路脇に生育するノハナショウブ。(兵庫県三田市・用水路脇 2007.6/15)
棚田の用水脇を縁取る光景は美しい。
用水路周辺は画像に見えるキセルアザミ、オトコゼリ、チゴザサのほか、タムラソウ、オニスゲ、タチスゲ、ゴウソ、ヤチカワズスゲ、
コウガイゼキショウ、エゾノサヤヌカグサ、ショウジョウバカマ、スイラン、ヌマトラノオ、ワレモコウなどの湿生植物のほか、
畦の斜面にはイガタツナミ、ヒメカンアオイまで見られ、非常に自然度の高い場所だった。

Fig.11 棚田の溜池畔に生育するノハナショウブ。(兵庫県三田市・溜池畔 2008.6/17)
棚田の斜面最下には湧水があり溝が掘られている。溝と溜池の間が湿生草原となって、湿生植物が群落をつくっている。
ここではノハナショウブのほか、カキラン、トキソウ、サギソウ、ノギラン、イシモチソウ、モウセンゴケ、ホソバノヨツバムグラ、
ホソバリンドウ、キキョウ、スズサイコ、ミカヅキグサ、カガシラなど非常に多くの貴重な種が生育する。
このような美しい里山の光景は、現在ではほとんど見られなくなってしまった。いつまでも残したい貴重な場所だ。

Fig.12 溜池土堤下部に生育するノハナショウブ。(兵庫県篠山市・溜池土堤 2013.6/18)
棚田の中程にある溜池の土堤下部にノハナショウブの群生が見られた。
溜池は棚田の途中にあるためか中栄養で、ジュンサイ、ヤマトミクリ、カンガレイ、ミヤマシラスゲ、アゼスゲ、イヌタヌキモが生育する。
土堤部分はほとんど草刈りは行われていないが、ツクシハギ、ノイバラ、ワラビ、ススキなどに混じってキキョウ、スズサイコが見られる。
土堤下部からは水がしみ出し、ノハナショウブのほかイグサ、ヒロハノコウガイゼキショウ、アオコウガイゼキショウ、ノテンツキ、テンツキ、
ヒメヒラテンツキ、ヒデリコ、オニスゲ、チゴザサ、チダケサシ、ヌマトラノオ、リンドウ、キセルアザミ、サワヒヨドリ、ヒメシダなどが生育している。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
佐竹義輔,1982 アヤメ科アヤメ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)『日本の野生植物 草本1 単子葉類』
       p.60〜62. pls.55〜57. 平凡社
村田源, 2004 アヤメ科アヤメ属. 北村四郎・村田源・小山鐡夫 『原色日本植物図鑑 草本編(3) 単子葉類』 p.76〜79. pls.20〜21. 保育社
大滝末男, 1980 カキツバタ. 大滝末男・石戸忠 『日本水生植物図鑑』 108,109. 北隆館
牧野富太郎, 1961 ノハナショウブ. 前川文夫・原寛・津山尚(補遺・編) 『牧野 新日本植物図鑑』 868. 北隆館
諏訪哲夫. 2001. アヤメ科アヤメ属. 神奈川県植物誌調査会(編)『神奈川県植物誌 2001』 234〜237. 神奈川県立生命の星・地球博物館
田中肇, 1997 ハナバチたち アヤメ属の花. 『エコロジーガイド 花と昆虫がつくる自然』 p.42〜45. 保育社
近藤浩文, 1982 甲山周辺の湿地植物. 『六甲の自然』 85〜87. 神戸新聞出版センター
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. ノハナショウブ. 『六甲山地の植物誌』 220. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. ノハナショウブ. 『近畿地方植物誌』 138. 大阪自然史センター
矢野悟道・竹中則夫. 1978. 甲山湿原(仁川地区)の植生調査並びに保全に関する報告書. 西宮市自然保護課
黒崎史平・高橋晃 2007. ノハナショウブ. 兵庫県産維管束植物9 アヤメ科. 人と自然18:107. 兵庫県立・人と自然の博物館

最終更新日:17th.Mar.2014

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