ヤマラッキョウ
 (シロバナヤマラッキョウを含む)
Allium thunbergii  G. Don. ユリ科 ネギ属
湿生植物
Fig.1 (兵庫県加西市・溜池畔の湿地 2008.11/2)

Fig.2 (兵庫県小野市・湿原 2012.11/8)

棚田田周辺の湿地や草原、湿地周辺の草地などに生える多年草。海岸から山地の草原まで広く生育する。
鱗茎は狭卵形で長さ2〜3cm、外皮は灰白色。基部から小さな鱗茎を出して殖える。
花茎は高さ30〜60cmになり、下部に線形の葉が3〜5枚つく。
葉は円柱状線形で、長さ20〜50cm、幅2〜5mm、断面は鈍三角形。
花は花茎頂部に多数集まった球状の散形花序となり、花被片は内外6個あり、紅紫色〜淡紅色、楕円形で円頭、長さ約5mmで平開しない。
雄蕊、雌蕊ともに花被片よりも突出し、雄蕊は通常6個で、花糸の歯は不明瞭、雌蕊1個で基部に3個の蜜腺があり、柱頭は普通3岐する。
刮ハは卵状球形で3室からなり、種子は黒色、扁平で長さ3〜4mm。

白花品をシロバナヤマラッキョウ(f. albiflora)といい、個体数の多い場所に混じって出現する。
本種は異変が多く、染色体数の異なるいくつかのタイプに分けられ、それぞれ生育環境も異なる。
湿地に生育するものは2倍体(2n=16)で、線形で中空の葉を持つ。
草原や海岸に生育するものは4倍体(2n=32)で、葉はニラのように広線形となる。
また海岸の岩場に生育するものには6倍体(2n=48)があり、花も多数つけ大型となるという。
ヤマラッキョウには変異が多く、この他にも九州南部に葉が線形中実となるナンゴクヤマラッキョウなどがある。
近似種 : ノビルアサツキ、 ラッキョウ

■分布:本州(秋田県以南)、四国、九州、沖縄 ・ 台湾、朝鮮半島南部、中国
■生育環境:棚田周辺の湿地や草原、湿地周辺の草地など。
■花期:9〜10月
■西宮市内での分布:北部の棚田周辺で見られる。

Fig.3 花序。(西宮市・棚田 2006.10/30)
  頭花の基部には膜質の総苞があり、そこから小花柄が伸びて小花がつく散形花序。

Fig.4 花序の拡大。(西宮市町・棚田 2007.10/14)
  花被は内花被片3個、外花被片3個、雄蕊6個、雌蕊1個からなる単純な構造。花被の色は場所により濃淡がある。
  雌蕊先端は3小裂するが、互いに密着していて画像からは確認できない。

Fig.5 生育条件が良いとたわわに花をつける。(兵庫県加西市・湿原 2008.10/19)
  背後を飾るのはヌカキビの小穂。

Fig.6 ヤマラッキョウを訪花するマドガ。(西宮市・棚田 2008.10/24)
 

Fig.7 ヤマラッキョウを訪花したセイヨウミツバチ。(兵庫県加西市・湿原 2008.11/12)
  花の少ない秋にはニホンミツバチ、セイヨウミツバチをはじめとしたハナバチ類がよく訪花している。

Fig.8 ヤマラッキョウを訪花するオオスズメバチ。(兵庫県加西市・湿原 2008.11/12)
  オオスズメバチがブカラシやツバキを訪花しているのはよく見かけるが、ヤマラッキョウで見るのははじめてだった。
  しばらく観察していると、オオスズメバチは吸蜜に来たのではなく、吸蜜に来たセイヨウミツバチを襲っているのが判った。
  至近距離で観察したが、こちらには眼もくれずセイヨウミツバチを追いかけるのに必死のようだった。
  ヤマラッキョウの花序に突進するように、吸蜜に来たセイヨウミツバチにアタックするのだが、身軽なセイヨウミツバチは小回りを利かせて簡単に回避する。
  セイヨウミツバチはオオスズメバチを相手にしていないかのように花から花へと、飛び回って忙しそうにしている。
  やがて、別のオオスズメバチがやってくると、今度はオオスズメバチ同士の取っ組み合いとなり、もつれあって地面を転げまわっていたが、
  暫くすると、どう決着がついたのか解らないが、それぞれ別の方向へと飛んでいった。
  ヤマラッキョウのお花畑での、昆虫達の小さなドラマを目撃することができた。

Fig.9 伸び始めたつぼみ。(兵庫県三田市・溜池土堤 2011.10/13)
  花序の基部には膜質で小型の苞があり、花柄は明瞭である。

Fig.10 つぼみの状態。(長崎県・棚田 2009.10/25)
  長崎県の個体だが、西宮市内のものと比較すると葉や茎が細く華奢で、花数も少ないものが多い。

Fig.11 むかごを生じたヤマラッキョウ。(長崎県・棚田 2009.10/25)
  ごく稀にむかごを生じるものがある。

Fig.12 花後、果実を形成しはじめたヤマラッキョウ。(西宮市・棚田 2008.11/23)
  ヤマラッキョウの花が終わると、いよいよ冬の到来も間近となる。

Fig.13 冬期、種子の残った刮ハ。(西宮市・休耕田 2007.1/25)
  刮ハは3裂し、中に数個の黒色の種子が並ぶ。
  冬枯れて漂白された花序には、ある種の美しさがある。

Fig.14 種子。(西宮市・休耕田 2007.1/25)
  種子は扁平で長さ3〜4mm、黒色、皺が多い。
  種子の発芽率は良く、蒔種最初の年は鱗茎を充実させ、2年後に開花をはじめる。
  種子は数年間保存できる。

Fig.15 実生苗。(自宅植栽 2007.5/29)

Fig.16 春先に萌芽したヤマラッキョウ。(西宮市・棚田の畦 2009.4/10)
  冬期には地上部は枯れ、鱗茎で越冬し春先に新葉を出す。出現まもない新葉は大部分がよじれている。

Fig.17 成長期のヤマラッキョウ。(西宮市・小湿地 2007.5/13)
  比較的大株のもので、地中には多数の鱗茎があると思われる。

Fig.18 ヤマラッキョウの葉断面。(西宮市・棚田の畦 2009.11/10)
  葉は2〜3稜あり、内部は中実。市内で見られるヤマラッキョウは、全て3稜形で中実の葉を持つ。

Fig.19 シロバナヤマラッキョウ(f. albiflora)。(兵庫県小野市・溜池畔の湿原 2010.11/6)
  ヤマラッキョウの群落が発達し、個体数の多い場所で見られることが多い。ここでは多くのヤマラッキョウに混じって10個体弱が見られた。

西宮市内での生育環境と生態
Fig.20 棚田の斜面に生育するヤマラッキョウ。(西宮市・棚田 2006.10/30)
ネザサ、ワレモコウ、リンドウなどとともに見られた。

Fig.21 棚田最上部にある斜面の、湧水が滲み出す場所に生育するヤマラッキョウ。(西宮市・棚田 2006.10/30)
斜面の下には溝が掘られ、周辺に多くの湿生植物が見られる。
ここではヤマラッキョウのほか、ホソバリンドウ、ワレモコウ、キセルアザミ、スズサイコ、ヌマトラノオ、ミソハギ、
ホソバノヨツバムグラ、アゼスゲ、タチスゲ、ヤマイ、コウガイゼキショウ、チゴザサなどが見られ、
周辺の棚田にはミズオオバコ、ヒメミソハギ、ヒロハトリゲモなど、最近減少傾向にある水田雑草が豊富に見られる。

他地域での生育環境と生態
Fig.22 溜池畔の湿原に群生する集団。(兵庫県小野市・湿原 2012.11/8)
溜池が谷津に複数連なる重ね池の間の土堤直下に湿原が広がっており、秋深くになると群生するヤマラッキョウが咲き乱れる。
湿原内は非常に植生豊富で、ミカワシンジュガヤ、ヤマサギソウ、ノハナショウブなどの稀少種をはじめとして、ミズギボウシ、コガンピ、
タヌキマメ、マルバハギ、ワレモコウ、オミナエシ、ヌマトラノオ、キキョウ、ヒナギキョウ、ホソバリンドウ、スイラン、キセルアザミ、
ノアザミ、アキノキリンソウ、サワシロギク、シラヤマギク、サワヒヨドリ、ヨメナなどの野草が季節に応じて開花する。

Fig.23 海崖上部に生育するヤマラッキョウ。(兵庫県たつの市・海岸の岩場 2011.11/10)
播磨地方西部ではヤマラッキョウははげ山や海岸近くの岩壁にも生育しているのが見られる。
湿地に生育するものは2倍体で、九州の海岸のものは4倍体であるが、ここの集団は葉が線形・中実で湿地の2倍体のものと変わらない。
海崖上部にトベラやウバメガシ、アカマツ、コナラのまばらな低木、ノジギク、オガルカヤ、ノガリヤス、カラスノゴマとともに見られた。

Fig.24 溜池畔の湿原で群生するヤマラッキョウ。(兵庫県小野市・湿原 2012.11/8)
中栄養な溜池畔の湿原でサワギキョウとともに密に群生していた。
湿原内には他にスイラン、サワヒヨドリ、キセルアザミ、チゴザサ、ヒメガマ、カモノハシ、コシンジュガヤが生育している。
一段下の水位の増減の見られる水辺にはタチモ、フタバムグラ、サイコクヒメコウホネ、ガガブタ、アゼナ、トキンソウ、メアゼテンツキ、
ヒデリコ、ハリイ、ヌマカゼクサが生育している。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
佐竹義輔, 1982 ユリ科ネギ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)『日本の野生植物 草本1 単子葉類』
        p.35〜37. pl.26〜28. 平凡社
北村四郎, 2004 ユリ科ネギ属. 北村四郎・村田源・小山鐡夫『原色日本植物図鑑 草本編(3) 単子葉類』 p.120〜125. pl.31〜32. 保育社
牧野富太郎, 1961 ヤマラッキョウ、ラッキョウ. 前川文夫・原寛・津山尚(補遺・編) 『牧野 新日本植物図鑑』 840. 北隆館
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. ヤマラッキョウ. 『六甲山地の植物誌』 215. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. ヤマラッキョウ. 『近畿地方植物誌』 140. 大阪自然史センター
星谷誠子. 1982. ヤマラッキョウ(ユリ科)の核学的研究1.本州中部地区におけるヤマラッキョウ自然集団のB染色体の分布 植物地理・分類研究 30(1):12-18
堀田満. 1998. 西南日本の植物雑記4 九州南部から南西諸島のヤマラッキョウ群の分類. 植物分類地理 49(1):57〜66
藤田昇・布施静香・黒崎史平・高橋弘・田村実・山下純 2007. ヤマラッキョウ. 兵庫県産維管束植物9 ユリ科. 人と自然18:91. 兵庫県立・人と自然の博物館

最終更新日:3rd.Mar.2014

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