フトヒルムシロ Potamogeton fryeri A.Benn ヒルムシロ科 ヒルムシロ属
水生植物 > 浮葉植物
Fig.1 (西宮市・溜池 2007.5/12)

Fig.2 (兵庫県篠山市・溜池 2011.9/24)

主に貧栄養または腐植栄養質な溜池や湿地内の水路などに生育する多年草で、地下茎と種子により殖える。
地中に太い白色の根茎を横走し、水中茎は水深により長短があり、長いものでは2m以上に達することもある。
水中では線形〜狭長楕円形〜倒披針形の沈水葉を出し、成長して水面に到達してから柄のある浮葉を出す。
沈水葉は上部の1〜2枚を除いて、明瞭は葉柄はなく、長さ6〜25cm、幅5〜30mm、先端は鋭頭または鈍頭。
浮葉は葉柄の長さ5〜15cm、葉身は長楕円形〜広楕円形で、長さ5〜13cm、幅2.5〜5cm、鈍頭またはやや鋭頭。
葉縁はやや波打ち、基部は円形〜心形、若い浮葉は赤銅色を帯びることがある。
托葉は長さ4〜8cmで、質やや堅く宿存する傾向が強い。
湿地や干上がった池では水上葉をつけた陸生形も見られる。
春〜夏にかけて、水上に根棒状の黄緑〜赤銅色の小花が集合した穂状花序を出す。
花茎は長さ5〜15cm、花序の長さ3〜5cmで、4心皮からなる両性花を密につける。
花序は花が終わると沈水して、水中で朱色に熟す。
開花すると地下茎は残るが浮葉は枯れはじめ、果実が熟す頃、再び新たな浮葉を出す。
冬場には殖芽を形成せず、地下茎と沈水葉、一部の浮葉が残ることが多い。

西宮市内の環境良好な溜池では、貧栄養な溜池を好むジュンサイやヒツジグサとともに浮葉植物群落をつくることも多い。
貧栄養な溜池で必ずといっていいほど見られるが、溜池の管理放棄によって土砂に埋まったり、あるいは改修工事によって絶滅した場所もある。
比較的明るい環境を好み、樹木に覆われて日照が遮られる池に生育することは稀。
時としてイノシシのヌタ場があるような池畔の湿地だけに陸生形の個体が成育しているのを見るが、
これはイノシシの攪乱によって分布を広げたものなのだろうか?

近似種には同属のヒルムシロP. distinctus)やオヒルムシロP. natans)などがあるが、詳細についてはヒルムシロの項を参照。
近似種 : オヒルムシロヒルムシロ

■分布:日本全土、朝鮮半島、サハリン、千島
■生育環境:貧栄養か腐植栄養な溜池、湿地内にできた池や小川など。腐植質の溜まった砂防ダム内の溜まりに群生が見られることもある。
        時として湧水の混入する用水路で見かけることもあるが、水田に自生することはない。
■花期:4〜8月
■西宮市内での分布:六甲山麓から中・北部の山間や丘陵部に残存する環境良好な溜池や貧栄養な湿地内の池沼に普通。
              市内でも生息地・個体数とも最も多い水生植物。
              富栄養化の進んだ西宮市南部の溜池や、平野部の河川には見られない。

Fig.3 植物体の様子。(西宮市・砂防ダム内 2007.11/18)
  画像のものは浅瀬に生育していたもので、沈水葉は柄があるものしか見られない。

Fig.4 沈水葉の個体。(西宮市・砂防ダム内 2007.11/18)
  沈水葉は基部に向かうにつれて次第に細くなって茎につき、葉柄は不明瞭。
  水中茎が生長して、1〜2枚葉柄のある沈水葉を生じてから、浮葉を出す。

Fig.5 沈水葉の上半部の拡大。(西宮市・砂防ダム内 2007.11/18)

Fig.6 水深のある溜池で見られた沈水形。(兵庫県篠山市・溜池 2011.11/9)
  秋期になると、結実の済んだ水中茎の基部近くから、沈水葉をつけた新しい水中茎が出る。

Fig.7 浮葉の表(左)と裏(右)。(西宮市・砂防ダム内 2007.11/18)
  浮葉は長楕円形〜広楕円形で、表面にはあまり光沢がなく、葉脈は明瞭。葉縁は波を打つ。

Fig.8 浮葉の葉身基部。(西宮市・砂防ダム内 2007.11/18)
  葉身の基部は、一旦くびれた後、葉柄に沿って少し流れて終わる。

Fig.9 浮葉の葉柄の横断面。(西宮市・砂防ダム内 2007.11/18)

Fig.10 果実形成後に抽出した沈水葉と浮葉。(西宮市・溜池 2006.9/21)
  浮葉は抽出して間もないため、やや小さく、表面にもやや光沢がある。
  一緒に写っている水草はイヌタヌキモ。

Fig.11 干上がった場所では陸生形となる。(西宮市・溜池 2007.5/12)

Fig.12 不完全な陸生状態で花茎を点々と上げたフトヒルムシロ。(西宮市・砂防ダム内 2007.5/5)

Fig.13 花茎は赤銅色を帯び、棍棒状の穂状花序をつける。(西宮市・砂防ダム内 2007.5/5)
  花は雌性先熟。花には花弁や萼はなく、1心皮の単一雌蕊が4個輪生状に集合した離生心皮雌蕊群と、4個の雄蕊を、
  葯隔が扇形に変形した葯隔付属物が囲む。
  画像のものは雌蕊成熟期で、葯隔付属物はまだ開いておらず、雄蕊の葯はまだ現われていない。
  雌蕊の柱頭は、心皮縫合部の両上端に舌状につき、4心皮からなるため柱頭が4岐しているように見える。

Fig.14 成熟途上の果穂。(兵庫県三田市・湿地内の沼沢地 2007.5/11)
  4個の葯隔付属物に囲まれた4つの果実が膨らみつつある。
  柱頭は宿存しているが、果実が完全に熟す頃には曲がった花柱が残る。

Fig.15 初冬に水中で熟した果穂。果穂の大きさは4cm前後。(西宮市・砂防ダム内 2006.11/16)

Fig.16 果穂と種子。(西宮市・砂防ダム内 2006.11/16)
  果穂が熟しても葯隔付属物は黒化したまま宿存する。
  種子は堅果で、花柱は曲がり気味に突出し、長さ4.5mm前後、硬く厚い種皮を持ち、水に浮く。

Fig.17 冬期の溜池で氷に閉ざされたフトヒルムシロ。(西宮市・溜池 2008.2/14)
  冬期の気温の低下で池の表面が凍りつくと、浮葉の組織内は氷結して枯れてしまう。
  しかし、水中にある沈水葉は影響を受けることがない。
  春先にはぼろぼろになった浮葉の下で、沈水葉が生育を再開する。

西宮市内での生育環境と生態
Fig.18 フトヒルムシロの群落が見られる小さな溜池。(西宮市 2007.10/16)
 小さな溜池では純群落を形成する事も多く、このような場所ではシャジクモ類、フラスコモ類、イヌタヌキモを伴うことが多い。
 この溜池ではイヌタヌキモが見られた。
 岸辺に近い水中にはカンガレイ、シズイ、ホタルイが抽水状態で疎らに生育し、池畔の湿地ではイヌノハナヒゲ、アブラガヤ、
 イトイヌノヒゲ、ニッポンイヌノヒゲ、モウセンゴケなどの貧栄養な湿地を好む湿生植物が生育していた。

Fig.19 腐植栄養質で比較的大きな溜池では、ジュンサイなどと浮葉群落をつくる。(西宮市 2006.9/18)
 ジュンサイやヒツジグサなどと群落をつくる際には、水深の深い場所にジュンサイやヒツジグサが群生し、その周囲を囲むように生育していることが多い。
 ジュンサイは硬く細いひげ根を水底表面に密に這わせ、硬いひげ根のカーペットをパッチ状に形成するため、フトヒルムシロの柔らかな地下茎だと
 ジュンサイの群落に侵入できずに周囲に押しやられているのではないだろうか?
 この溜池にはアメリカザリガニが侵入していて大きな株のヒツジグサや沈水植物は見られなかった。
 池畔にはオオミズゴケの群落があり、サワギキョウ、ヒメシロネ、ヌマガヤ、チゴザサ、タチスゲ、ヤチカワズスゲ、ハリガネスゲ、ゴウソ、
 サワシロギク、ヒメアギスミレ、イヌノハナヒゲ、タマコウガイゼキショウなどの湿生植物が生育する。

Fig.20 山間にある腐植質の堆積した砂防ダムの溜まりで生育するフトヒルムシロ。(西宮市 2006.11/16)
 山林から落ち葉が常に供給され、流入する土砂とともに水底に腐植質が蓄積されている。
 弱い水流があり、溜まりの中央部分にはヒメガマとヨシが生育し、その株元と周囲をフトヒルムシロが取り囲んでいる。
 フトヒルムシロの株元にはイトモが密に群生していた。
 土砂が溜まって湿地状になっている場所ではツルヨシが優占し、ヘラオモダカ、イグサ、タマコウガイゼキショウ、アオコウガイゼキショウ、
 アイバソウ、ヤマイ、シカクイ、ホタルイ、ウシクグ、カワラスガナ、オタルスゲなどが見られネコヤナギが混生する。
 流れ込み部分の河畔にはアケボノソウ、ホソバリンドウ、カワラハンノキ、マンサクなどが生育していた。
 これほど多様な種が見られる場所は市内では少ない。
 澄んだ水になびくフトヒルムシロの美しい沈水葉の姿が見られる場所でもある。

他地域での生育環境と生態
Fig.21 用水路内で見られたフトヒルムシロ群落。(兵庫県三田市 2007.6/23)
ふつうフトヒルムシロは溜池で見られることが多く、このように用水路内で見られることは珍しい。
この用水路は上部にある溜池と、周囲からの湧水によって涵養されている。
溜池から流出した種子が発芽して定着したものだろう。
この水路には何度か訪れているが、花序をあげているのは見たことがなく、また冬期以外は沈水葉がほとんど見られない。
同じ用水路内にはカワモヅクsp.の発生が見られる。

Fig.22 農小屋脇の鋤洗い場に生育するフトヒルムシロ。(兵庫県篠山市 2011.11/9)
山間棚田の農小屋脇の湧水の供給される鋤洗い場にフトヒルムシロが群生していた。
近隣1km以内にフトヒルムシロの生育する溜池はないが、以前には近辺の溜池に生育していたものが、湧水環境下で残存したものだろう。
近くにはヒツジグサやジュンサイが生育する溜池は見られる。
鋤洗い場には他に水草は見られず、わずかにオオバタネツケバナが沈水状態でロゼットを形成していた。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
角野康郎, 1994 フトヒルムシロ. 『日本水草図鑑』 p.32〜33. pls.34. 文一統合出版
大滝末男, 1980 フトヒルムシロ. 大滝末男・石戸忠 『日本水生植物図鑑』 224〜225. 北隆館
山下貴司, 1982 ヒルムシロ科ヒルムシロ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)『日本の野生植物 草本T 単子葉類』
       p.10〜12. pls.6〜9. 平凡社
北村四郎, 2004 ヒルムシロ科ヒルムシロ属. 北村四郎・村田源・小山鐡夫 『原色日本植物図鑑 草本編(3) 単子葉類』 p.411〜418. pls.106〜107. 保育社
内山寛. 2001. ヒルムシロ属. 神奈川県植物誌調査会(編)『神奈川県植物誌 2001』 178〜183. 神奈川県立生命の星・地球博物館
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. フトヒルムシロ. 『六甲山地の植物誌』 214. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. ヒルムシロ科. 『近畿地方植物誌』 199〜200. 大阪自然史センター
角野康郎, 1984. ヒルムシロ属同定の実際 (1)浮葉をもつ種類. 水草研究会会報 15:2〜9.
角野康郎・高野温子 2007. フトヒルムシロ. 兵庫県産維管束植物9 ヒルムシロ科. 人と自然19:88. 兵庫県立・人と自然の博物館

最終更新日:10th.Dec.2011

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