ヒルムシロ | Potamogeton distinctus A.Benn | ヒルムシロ科 |
水生植物 > 浮葉植物 |
Fig.1 (兵庫県篠山市・溜池 2009.6/18) |
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Fig.2 (三重県志摩地方・湧水河川 2015.8/9) 主に中栄養な溜池や水田・用水路・河川などに生育する多年草で、地下茎と種子、および殖芽により殖える。 水中では長い披針形の明瞭な葉柄のある沈水葉を出す。葉身の長さ5〜16cm、幅1〜2.5cm。 葉柄は長さ1〜17cm。葉縁には1細胞からなる目立たない鋸歯がある。 普通、水中茎は成長して水面に到達する直前に柄のある浮葉を出す。 浮葉は狭長楕円形〜楕円形で、長さ4〜11cm、幅1.5〜4cm。浮葉の葉柄は長さ6〜15cm。光沢があり、葉脈は不明瞭。 托葉は長さ3〜8.5cm、薄い膜質で腐朽しやすい。 干上がった池や落水後の水田では、葉柄が極端に短い水上葉をつけた陸生形も見られる。 初夏〜秋口にかけて、浮葉の葉腋から水上に花茎をあげ、先端に根棒状の穂状花序をつける。 花茎はしばしば茎より太く、長さ5〜9cm、花穂は長さ2〜6cm。花は両性花で柄がなく、やや密につく。 花は1心皮の単一雌蕊が1〜3個輪生する離生心皮雌蕊群と、雄蕊4個からなる。 花には花弁も萼もなく、花を囲む萼のように見えるものは雄蕊の葯隔が発達したもので、葯隔付属物である。 雌蕊の花柱はきわめて短く不明瞭で、心皮の上端縫合線上に舌状の柱頭がつく。 花は雌性先熟で、雌蕊が出て成熟した後、葯隔付属物が開いて雄蕊の葯が現われ、自家受粉を防ぐ仕組みとなっている。 花後、花茎は倒れ込んで、果実は水中で熟す。 種子は発芽率が非常に低く、作られた種子はほとんどシードバンクを形成し、種子よりも地下茎と殖芽によって栄養繁殖する機構が発達している。 秋〜晩秋には地下茎の先端にバナナ状の殖芽を形成するが、殖芽は干上がった時にも形成される。 古くは水田雑草として駆除の対象となった水生植物だが、最近では見かける機会は少ない。 ウリカワやイヌホタルイなどのように農薬に対する耐性も高くなく、ホシクサやアブノメと同様、これからも減少してゆく種のひとつだろう。 牧野富太郎は『救荒本草』の中に「眼子菜」として載っているとしており、飢饉の際には食用ともされたのだろう。 近似種は西日本の場合、以下のヒルムシロ属の5種があげられる。 ・フトヒルムシロ(P. fryeri)…貧栄養な溜池や湿地内の沼沢地に生育し、沈水葉の柄は不明瞭。花は4心皮。殖芽はつくらない。 ・オルムシロ(P. natans)…湧水のある河川や池沼に稀に生育し、沈水葉は無柄で針状線形、横断面は半月形多管質。花は4心皮。 殖芽は分枝した水中茎先端部につくる。 ・ホソバミズヒキモ(P. octandrus)…溜池や水路、河川に生育し、沈水葉は線形で幅0.3〜1mmと細く、浮葉も長さ1.5〜3cmと小型。 花は4心皮。殖芽は夏〜秋に沈水葉の各葉腋にできる。 ・コバノヒルムシロ(P. cristatus)…溜池などに稀産する。植物体や殖芽の特徴はホソバミズヒキモと変わらない。 果実の嘴が長く、とさか状の著しい突起が背稜にあることで、前種と区別する。 ・ササバモ(P. malaianus)…湖沼、河川、水路に生育する。浮葉よりも沈水葉がよく発達し、沈水葉の葉身は長楕円状線形〜狭披針形で、 長さ5〜30cm、、幅1〜2.5cm、先端は鋭頭で芒状に突出する。ときに上部の葉が浮葉化し、長さ6〜15cm、幅1.5〜3cmと細長い。 陸生形の場合は、特にヒルムシロと間違えやすいが、しばしば表皮のクチクラ層は不完全で、浮葉も同様。花は4心皮。 *フトヒルムシロやオヒルムシロの流水下で生育するものや、栄養状態の悪いものはヒルムシロと間違え易い。 その場合は、沈水葉を観察するか、花が4心皮であるかないかによって区別する。 近似種 : フトヒルムシロ、 オヒルムシロ、 ホソバミズヒキモ、 コバノヒルムシロ、 ササバモ ■分布:日本全土、朝鮮半島、中国 ■生育環境:湖沼・水田・用水路・河川と、その生育環境は幅広い。 ■花期:5〜10月 ■西宮市内での分布:西宮市内では上ヶ原台地上の1枚の水田と、中部の住宅街の溝の2ヶ所で確認できただけで、絶滅寸前の状態か? 北部の河川脇の水田や用水路に自生していそうなものだが、未だに発見できない。 全国的には普通種とされているが、最近眼にする機会が極端に減ったように思われる。 |
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↑Fig.3 草体の全体の様子。(愛知県・溜池 2005.10/13) 根茎から伸びた水中茎は、最初沈水葉を互生してつけた後、水面付近に達すると浮葉を出す。 CO2の吸収効率の良い浮葉を数枚出すと、沈水葉は枯れはじめ、新たに根茎から水中葉を生じた水中茎を出す。 |
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↑Fig.4 浮葉の様子。(愛知県 2005.10/13) 画像のような浅瀬では典型的な沈水葉を出すことなく、水中に針状線形の葉を1〜2枚生じて後、すぐに浮葉を出してくる。 浮葉の表面は平滑で光沢があり、葉脈は不明瞭。 |
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↑Fig.5 沈水葉は薄緑色膜質で、やや赤味を帯びることが多く、明瞭な葉柄がある。(自宅水槽内 2006.6/17) 葉身は披針形で長く、全縁。先端は鋭頭だが、ササバモのように芒状に突出することはない。 |
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↑Fig.6 水槽内から花序をあげたヒルムシロ。(自宅水槽内 2007.5/20) 花序は穂状花序で、黄緑色を帯びる。花茎はふつう水中茎よりも太い。 |
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↑Fig.7 花序の拡大。(自宅水槽内 2007.5/20) 花は雌性先熟。画像のものは雌蕊が熟しかかっている状態で、葯隔付属物はまだ開いていない。 花は心皮1〜3個からなるが、画像に見えているのは全て2心皮のもの。 花柱は不明瞭で、心皮の上端縫合線上に舌状の柱頭がつく。 花はこの後、葯隔付属物が花被状に開いて、その付け根に2室の葯が現われる。 |
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↑Fig.8 春先に掘り出した殖芽。(自宅屋外育成 2007.3/29) 殖芽はバナナ状あるいは指のような形状をしていて、手荒く扱うと分離する。 分離した殖芽はどれも発芽能力があり、水田では春先の田起こしなどで分散した殖芽が生育領域を広める。 かつては水田の強害草として嫌われた所以だ。 画像からは前年株にもっとも近い殖芽から発芽がはじまっているのが解る。 根は殖芽の底部ではなく、水底面に近いかなり上部の節から出ている。 最近の研究で、ヒルムシロの殖芽は無酸素状態で、有酸素状態よりもむしろ活発に発芽・生長することが解明された。 殖芽から伸びた芽の発根部位が上方にあるのは、泥中の嫌気層を避けるためなのかもしれない。 |
西宮市内での生育環境と生態 |
Fig.9 稲刈り直前の落水した水田に生育するヒルムシロ。(西宮市 2006.9/12) 浮葉から陸生形へと移行中の株で、葉幅が広くなり厚味も増している。手前に見える草本はタマガヤツリとアゼナ。 周辺の水田を探してみたが、この1枚の水田のみで生育していた。おそらく市内唯一のヒルムシロが自生する水田だろう。 すぐ近くには溜池もあるが、富栄養化が進んでおり、水草は全く見られない。 この水田には周辺では見られないウリカワも見られた。 |
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Fig.10 住宅地の水路でひっそりと生き残るヒルムシロ。(西宮市 2006.11/19) 駐車場脇の、古くは用水路であったと思われる小さな水路で、側面の石垣と底面のコンクリートの隙間に根を張ってかろうじて生育している。 おそらくは1つの個体が、何年かかけて隙間に地下茎を伸ばして広がったものだろう。浅瀬であるため水中葉はほとんど見られない。 この水路の上流には畑地があり、いまのところ渇水するようなことはなさそうだが、そこが宅地化されればこの場所のヒルムシロは 大きな打撃を受けるはずだ。 *注:この場所の集団は残念ながら、隣接する駐車場の改修工事に伴う水路の改修工事により2009年に消滅した。 |
他地域での生育環境と生態 |
Fig.11 溜池に生育するヒルムシロ。(兵庫県三田市 2008.8/17) ヒルムシロは中栄養〜やや冨栄養な溜池で見られることが多い。 この自生地は山間の棚田の下部にあり、やや中栄養な水質であると考えられる。 浮葉植物では他にヒシとジュンサイが見られ、水中にはミズユキノシタ、タチモ、マツモ、イヌタヌキモなどが生育する。 |
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Fig.12 水路内に生育するヒルムシロ。(兵庫県篠山市 2010.7/18) 湧水の混じる流速の早い水路内に生育している。流れが速いため浮葉も沈水状態で翻弄されている。 水路内にはヒルムシロのほかには、アゼナ、ウキゴケが見られる程度で植生は単純だった。 |
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Fig.13 やや中栄養な溜池に群生するヒルムシロ。(兵庫県篠山市 2011.9/14) 山間に造られた丹波地方では中規模の溜池で、水底に腐植質と軟泥が堆積する溜池で大きな群落が見られた。 浮葉植物ではヒルムシロのほか、画像に見えるヒツジグサ、ジュンサイ、ホソバミズヒキモが多く、わずかにヒシが見られた。 沈水植物ではタチモ、ミズニラ、ホッスモが生育し、イヌタヌキモも見られた。 |
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Fig.14 中栄養な溜池に生育するヒルムシロ。(兵庫県加古川市 2011.7/18) 丘陵部の耕作地の谷間に造られた中栄養な溜池にサイコクヒメコウホネ、ジュンサイとともに浮葉植物群落を形成していた。 水中にはスブタ、ホッスモが沈水状態で生育し、イヌタヌキモが見られ、クログワイ、カンガレイ、ヘラオモダカなどが抽水生していた。 |
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【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。) 角野康郎, 1994 ヒルムシロほか. 『日本水草図鑑』 32〜39. 文一統合出版 大滝末男, 1980 ヒルムシロ. 大滝末男・石戸忠 『日本水生植物図鑑』 222〜223. 北隆館 山下貴司, 1982 ヒルムシロ科ヒルムシロ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)『日本の野生植物 草本T 単子葉類』 p.10〜12. pls.6〜9. 平凡社 内山寛. 2001. ヒルムシロ属. 神奈川県植物誌調査会(編)『神奈川県植物誌 2001』 178〜183. 神奈川 村田源. 2004. ヒルムシロ科. 『近畿地方植物誌』 199〜200. 大阪自然史センター 小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. ヒルムシロ科. 『六甲山地の植物誌』 214. (財)神戸市公園緑化協会 角野康郎, 1984. ヒルムシロ属同定の実際 (1)浮葉をもつ種類. 水草研究会会報 15:2〜9. 角野康郎・高野温子 2007. ヒルムシロ. 兵庫県産維管束植物9 ヒルムシロ科. 人と自然18:88. 兵庫県立・人と自然の博物館 松岡成久, 2010. ヒルムシロ. 西宮市産植物補遺、並びに西宮市内に生育する要注目種(その2). 兵庫県植物誌研究会会報 85:5. 兵庫県植物誌研究会 最終更新日:4th.Aug.2016 |