コバノヒルムシロ Potamogeton cristatus  Regel et Maack ヒルムシロ科 ヒルムシロ属
水生植物 > 浮葉植物 
環境省絶滅危惧U類(VU)・兵庫県RDB Bランク種
Fig.1 (兵庫県播磨地方・溜池 2011.9/19)

Fig.2 (兵庫県阪神地方・溜池 2014.5/28)

溜池や水路などに生育する多年草で、小型の浮葉植物。ホソバミズヒキモに酷似する。
繊細な地下茎が泥中を這い、節から出芽して群生する。水中茎はよく分枝する。
沈水葉や浮葉はホソバミズヒキモとほとんど変わらない。
花穂はホソバミズヒキモよりも短く、花は密につく。
果実は長い嘴があり、背稜にはニワトリのとさか状の著しい突起がある。
初夏から秋にかけて各葉腋や分枝した枝先に殖芽を形成し、栄養繁殖と越冬を行う。

今回観察したところでは、痕跡的な花茎基部が肥大してムカゴ状となって、新植物が芽生しているのが見られた。
このような特徴は酷似するホソバミズヒキモではこれまで観察したことがない。
この特徴はこれまで報告がなく、この場所の集団だけに見られる特徴なのか、あるいは開花期に続いた降雨によって、特異的に発生した現象かもしれない。
今後は各地の集団でも同様な例があるか注意する必要があるだろう。各地に共通して見られる現象であれば、同定の手掛かりのひとつとなる生態である。

近似種 : ホソバミズヒキモヒルムシロイトモ

■分布:北海道、本州、四国、九州 ・ ウスリー、朝鮮半島、中国、台湾
■生育環境:溜池、水路など。
■花期:6〜8月
■西宮市内での分布:市内では確認できていない。兵庫県内でも稀にしか見られない。

Fig.3 全草の様子(根茎をのぞく)。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.7/12)
  葉には沈水葉と浮葉の2型があり、沈水葉は線形、浮葉は長楕円形で明るい黄緑色。

Fig.4 水面下のコバノヒルムシロ。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.9/19)
  沈水葉、浮葉ともに、ホソバミズヒキモとほとんど区別できない。

Fig.5 浮葉。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.7/12)
  浮葉は長楕円形でホソバミズヒキモと酷似する。
  コバノヒルムシロの葉には葉脈が5または7脈あり、ホソバミズヒキモでは5脈あるといわれるが、この点については更に精査が必要であろう。

Fig.6 葉面の拡大。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.7/12)
  葉脈が7脈あるもの。

Fig.7 開花中のコバノヒルムシロ。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.9/19)

Fig.8 花序。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.7/12)
  花序は穂状で、ホソバミズヒキモのものよりも短く、より少数でより密に花をつける。
  花は他のヒルムシロ属と同様、萼や花弁はなく、葯隔付属物が花弁状となって雄蕊と心皮を囲む。
  画像からは心皮に突起があるかどうかは確認できない。

Fig.9 花後、花序の柄は下に曲がり、水中で果実が熟す。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.9/19)

Fig.10 果実期の花序。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.7/12)
  複数の著しい突起のある果実をつける。この花序は開花時に水没でもしたのか、不稔の果実を多くつけている。

Fig.11 多くの熟した果実を形成したもの。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.9/19)

Fig.12 果実。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.7/12)
  果実は扁平で、嘴(花柱)は長く、背稜にとさか状となる複数の突起がある。

Fig.13 葉腋に形成された殖芽。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.7/12)
  浮葉はふつう茎上部について、花序を気中に上げるためフロートとなり、葉腋から花序を上げるが、この例では葉腋に殖芽が見られた。
  この部分は増水によって水上になく、満水状態の溜池で水没していたもので、浮葉をつけた部分が水没すると殖芽を生じている可能性がある。

Fig.14 多数形成された殖芽。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.7/12)
  殖芽は水没した浮葉の葉腋のほか、水中茎の葉腋や分枝した枝先にも形成されており、明らかに1個体に形成された果実数よりも多かった。
  この自生地では主に殖芽によって繁殖しているようである。
  殖芽の形状はホソバミズヒキモとほとんど変わらないが、やや小さいものが多かった。

Fig.15 芽生して成長した胎生芽らしきもの。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.7/12)
  殖芽の他に、花茎基部が肥大してムカゴ状となり、そこから新植物が芽生しているものが見られた。

Fig.16 胎生芽らしきものの拡大。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.7/12)
  花序には花や果実がついたような痕跡はなく、退化的な花序であるかもしれない。
  花序基部の肥大部分は最初は水棲生物による虫えい(ゴール)かと考え、同様なものを全て切開してみたが、組織は均一であり、
  奇主らしきものは見られず、どれも外形はほぼ同一であった。
  このようなムカゴから出芽する例はこれまでホソバミズヒキモでは観察したことがなく、各地のコバノヒルムシロが共通して持つ特徴であれば
  同定の手掛かりのひとつとなるだろう。

生育環境と生態
Fig.17 コバノヒルムシロの生育環境。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.7/12)
自生地は丘陵部の谷津の奥に造られた中規模な溜池で、調査時には長く続いた降雨によって満水状態であった。
水生植物ではホッスモ、イヌタヌキモ、ヒシ、ヒルムシロ、ホソバミズヒキモが生育し、ヒシの個体数は少なく、中栄養な溜池であると考えられる。
酷似するホソバミズヒキモと混生するため、果実をつけたものしか同定できず、どちらの個体数が多いのかは判断できなかった。
溜池畔では抽水〜陸生状態で葉の細いイヌタデ属sp.(サイコクヌカボかヤナギヌカボか判別しがたい)、アシカキ、ヨシが生育する。
画像では水際に密生するイヌタデ属sp.が見える。

Fig.18 中栄養とみられる溜池に生育するコバノヒルムシロ(中央)。(兵庫県播磨地方・溜池 2011.9/19)
村落内の道路脇にある小さな溜池に生育しているが、個体数はあまり多くはない。
画像上の浮葉はヒメビシのもので、水面上に大きな群落を形成している。
溜池内には、ほかにマコモが抽水状態で生育するほかは、これといった水生植物は見られず、種組成は乏しい。
このような溜池に希少種のコバノヒルムシロとヒメビシが生き永らえてきたのは何が原因だったのだろうか。

Fig.19 中栄養またはやや富栄養な溜池に群生するコバノヒルムシロ。(兵庫県阪神地方・溜池 2014.5/28)
村落内の道路脇にある溜池で農耕地に接しており、浮葉が水面の多くの部分を覆っていた。
ここでは主にヒシと混生し、ウキクサ、ミジンコウキクサ、アイオオアカウキクサ、イヌタヌキモなどが生育している。
また、溜池畔にはマコモ、ショウブ、アゼスゲ、キシュウスズメノヒエが見られた。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
角野康郎, 1994. ヒルムシロほか. 『日本水草図鑑』 32〜39. 文一統合出版
角野康郎, 2014. コバノヒルムシロ. 『日本の水草』 119. 文一統合出版
大滝末男, 1980. ホソバミズヒキモ. 大滝末男・石戸忠 『日本水生植物図鑑』 230〜231. 北隆館
山下貴司, 1982. ヒルムシロ科ヒルムシロ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)『日本の野生植物 草本T 単子葉類』
       p.10〜12. pls.6〜9. 平凡社
内山寛. 2001. ヒルムシロ属. 神奈川県植物誌調査会(編)『神奈川県植物誌 2001』 178〜183. 神奈川
村田源. 2004. ヒルムシロ科. 『近畿地方植物誌』 199〜200. 大阪自然史センター
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. コバノヒルムシロ. 『六甲山地の植物誌』 214. (財)神戸市公園緑化協会
角野康郎・高野温子 2007. コバノヒルムシロ. 兵庫県産維管束植物9 ヒルムシロ科. 人と自然18:88. 兵庫県立・人と自然の博物館
丸岡道行. 2008. 東播磨のコバノヒルムシロの生育地について. 兵庫県植物誌研究会・会報 77:2〜3
兵庫県 2010. コバノヒルムシロ. 兵庫の貴重な自然・兵庫県版レッドデータブック(植物・植物群落) 110. (財)ひょうご環境創造協会

最終更新日:20th.Nov.2014

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