イヌノヒゲ Eriocaulon miquelianum  Koernicke. ホシクサ科 ホシクサ属 合生萼節
湿生植物
Fig.1 (西宮市・溜池畔 2010.9/13)

貧栄養な湿地、貧栄養〜やや中栄養な溜池畔、自然度の高い湿田、休耕田などに生える無茎の1年草。
特に貧栄養〜やや中栄養な溜池畔に多く、池畔を埋め尽くすほど群生することがある。
葉は線形で長さ6〜20cm、中部で幅1〜3mm、下部で幅3〜5mm、7〜9脈で格子状。先はとがる。
花茎は高さ5〜10cm、4〜5肋あって捩れる。鞘は長さ4〜8cmで上端は2深裂する。
頭花は倒円錐形で径3〜4mm。総苞片は披針形、外片は頭花の2〜3倍長。花床には毛がない。
花苞は倒卵状くさび形で先がとがり、上縁に白色毛が生える。
雄花は長さ2.5mm、萼は仏炎苞状に合着し、上部は3浅裂、裂片先端は鈍頭で白色根棒状毛がある。
雄花弁は3個で、上部を残して筒状に合着し、裂片に白色根棒状毛と黒腺がある。
雌花は雄花よりやや長く、萼は仏炎苞状に合着し、内面に白色長毛が密生して、上部は3浅裂、裂片は三角形で鈍頭、
縁に白色根棒状毛がある。
雌花弁は3個で離生し、卵状披針形で、縁と内面に白色長毛があり、上部は鈍形で白色根棒状毛があり、内方に黒腺がある。
刮ハは3室。痩果は倒卵状楕円形で長さ0.7〜0.8mm、表面には微小なかぎ毛が生える。
イヌノヒゲの頭花の毛は時間が経つと脱落しやすく、開花中の新鮮な個体の頭花を分解しないと、その特徴がよく判らない。
近似種 : シロイヌノヒゲニッポンイヌノヒゲイトイヌノヒゲ

■分布:北海道、本州、四国、九州 ・ 中国
■生育環境:貧栄養〜やや中栄養な溜池畔、貧栄養な湿地、自然度の高い湿田、休耕田など。
■花期:8〜10月
■西宮市内での分布:市内では中部〜北部の溜池畔でやや普通に見られる。

Fig.2 開花しはじめたイヌノヒゲの頭花。(兵庫県篠山市・溜池畔 2009.9/10)
  頭花は倒円錐形で径3〜4mm。総苞片は頭花の2〜3倍長で披針形、鋭頭。
  画像頭花の中心付近はまだ開花しておらず、花苞が折り重なっており毛が生えている。
  その周囲には雄花群が取り巻いており、仏炎苞状の開いた萼から黒い葯がのぞいている。
  環状の雄花群の外側には雌花群が取り巻いて、褐色に変色した細い花柱が出ており、花弁先端の黒腺が見える。

Fig.3 果実期の頭花。(西宮市・溜池畔 2007.10/14)
  総苞片は披針形、外片は頭花の2〜3倍長。
  この時期の頭花の花苞や萼の白色根棒状毛はすっかり脱落してしまっている。

Fig.4 果実期になり、花茎を放射状に展開したイヌノヒゲ。(愛知県・溜池畔 2005.10/13)

Fig.5 雌花(左)と雄花(右)。(西宮市・溜池畔 2007.10/28)
  以下、分解した頭花の各部の画像は、全て果実期のものなので、大半の毛、とくに白色根棒状毛などは脱落しています。
  また、雄花や花弁などは、乾燥して縮んでいます。あくまで、参考程度にご覧いただければと思います。

Fig.6 雄花の拡大。背軸面から見たもの。(西宮市・溜池畔 2007.10/28)
  萼が仏炎苞状にスポンジ質の雄花本体を包んでいる。
  雄花弁は上部が3浅裂し、筒状に合着。花弁先端には黒腺が見える。
  白色根棒状毛は脱落してしまっている。

Fig.7 雌花の萼。背面(左)と内側(右)。(西宮市・溜池畔 2007.10/28)
  萼は仏炎苞状に合着し雌花を包み、薄膜質で先端で3浅裂する。中央の裂片は小さい。
  雌花の萼内面の白色長毛は、普通残るはずだが、見られなかった。

Fig.8 雌花弁。背面(左)と内側(右)。(西宮市・溜池畔 2007.10/28)
  花弁は披針状へら形で、スポンジ質、鈍頭。
  背面は無毛で、内側と外縁にはごくまばらに白色長毛が生え、上部には黒腺がある。
  上部につく白色根棒状毛は脱落してしまっている。

Fig.9 イヌノヒゲの刮ハ。(西宮市・溜池畔 2007.10/28)
  刮ハは3室よりなり、長さ約0.7mm。雌蕊柱頭は刮ハとほぼ同長で、3岐する。



Fig.10 総苞片外面と花茎(上)、その断面(中)。花茎の鞘口部(下)。(西宮市・溜池畔 2007.10/28)
  総苞片の外面は無毛で気孔が並んだ脈が目立つ。脈はふつう3脈ある。
  花茎はすこし捩れ、5肋ある。
  花茎の鞘の口部は2深裂する。


Fig.11 イヌノヒゲの葉。(西宮市・溜池畔 2007.10/28)
  葉身の中部より下方では、横断面がV字型になることが多い。


Fig.12 イヌノヒゲの痩果。(西宮市・溜池畔 2007.10/28)
  倒卵状楕円形で長さ0.7〜0.8mm。表面には横に長い6角形の網目状の低い隆起があり、微小なかぎ毛が生える。

Fig.13 成長期のイヌノヒゲ。(兵庫県丹波市・休耕田 2010.8/25)
  生育条件が良いためか、かなり大型の個体。周囲のコナギの葉と比較するとその大きさがわかる。
  葉はよじれる傾向がある。

西宮市内での生育環境と生態
Fig.14 貧栄養な溜池畔でシロイヌノヒゲと混生するイヌノヒゲ。(西宮市・溜池畔 2007.10/14)
両種ともに果実期であるが、シロイヌノヒゲの頭花には白色根棒状毛が残り、白さが際立っていて、区別できる。
ただし、頭花が泥をかぶっていたりすると、洗浄した際に短毛が落ち、にわかに判別しがたいことがある。

Fig.15 山中の貧栄養な溜池畔で群生するイヌノヒゲ。(西宮市・溜池畔 2006.10/9)
池畔の一画にある裸地をイヌノヒゲが埋め尽くしていた。
背後に見えるイネ科の草体はヌメリグサ。他にはハリイ、ヘラオモダカ、ニッポンイヌノヒゲ、ヌマトラノオなどが見られた。

他地域での生育環境と生態
Fig.16 溜池畔で抽水状態のイヌノヒゲ。(兵庫県加東市・溜池畔 2008.9/22)
溜池畔では水位変動の多い水際裸地に生育することが多く、池の水位変動によって水没しているものも多い。
このような状態でも花茎を上げて開花する。

Fig.17 素掘りの水路内に生育するイヌノヒゲ。(兵庫県篠山市・溜池土堤直下の水路 2009.9/11)
溜池の土堤の下部から水がしみ出し、そこに排水路が素掘りされており、水路内に群生していた。
水路脇の土堤側にはオオミズゴケ群落が見られ、コケオトギリ、リンドウ、イヌツゲ、ノギランが見られた。

Fig.18 休耕田のサワトウガラシ群落中のイヌノヒゲ。(兵庫県篠山市・休耕田 2009.9/11)
山際の休耕田に湧水が溜まって湿地化している場所にサワトウガラシ群落が発達し、そこにイヌノヒゲが点々と生育していた。
同所的にマツバイ、ハリイ、アゼナ、アメリカアゼナ、キクモ、アブノメ、イヌビエ、アゼトウガラシ、アブノメ、セリ、ヤノネグサなどが見られた。

Fig.19 減水した溜池畔のイヌノヒゲ。(兵庫県三田市・溜池畔 2009.10/16)
3連続する山際の谷池群の最上部の溜池畔が干上がり、流れ込み部分にイヌノヒゲを含む湿生植物群落が見られた。
ホシクサ科では他にツクシクロイヌノヒゲ、シロイヌノヒゲが見られ、種間雑種と見られる個体も生育している。
群落はタチモ、ヌメリグサ、ヒナザサ、ホシクサ科植物がほとんどを占め、ヌマトラノオ、ミズユキノシタ、エゾハリイ、ミズニラなどが見られた。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
佐竹義輔, 1982 ホシクサ科. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)『日本の野生植物 草本T 単子葉類』
       75〜84 平凡社
村田源, 2004 ホシクサ科. 北村四郎・村田源・小山鐡夫 『原色日本植物図鑑 草本編(3) 単子葉類』 p.175〜185. pl.48. 保育社
牧野富太郎, 1961 イヌノヒゲ. 前川文夫・原寛・津山尚(補遺・編) 『牧野 新日本植物図鑑』 817. 北隆館
福留正明. 2001. ホシクサ属. 神奈川県植物誌調査会(編)『神奈川県植物誌 2001』 253〜256. 神奈川県立生命の星・地球博物館
村田源. 2004. イヌノヒゲ. 『近畿地方植物誌』 150. 大阪自然史センター
高田順, 1996 ホシクサ属数種の種子形態(1). 水草研究会会報 58:18〜24
高田順, 1998 ホシクサ属数種の種子形態(2). 水草研究会会報 63:29〜34
高田順, 2000 ホシクサ属数種の種子形態(3). 水草研究会会報 69:22〜34
高田順, 2001 ホシクサ属数種の種子形態(4). 水草研究会会報 72:17〜23
矢内正弘. 2008. 県内のホシクサ科植物について. 兵庫植物誌研究会会報 75:1〜3
橋本光政・宮本太・高橋晃 2007. イヌノヒゲ. 兵庫県産維管束植物9 ホシクサ科. 人と自然19:116. 兵庫県立・人と自然の博物館

最終更新日:14th.Jan.2011

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