シロイヌノヒゲ Eriocaulon sikokianum  Maxim. ホシクサ科 ホシクサ属 合生萼節
湿生植物
Fig.1 (兵庫県加東市・溜池畔 2008.9/22)

Fig.2 (兵庫県篠山市・湿地 2011.9/24)

貧栄養な湿地や山間の貧栄養な溜池畔に生育する無茎の1年草。
葉は線形で長さ12〜18cm。7〜9脈の格子状で、先はとがる。
花茎は高さ15〜38cm、5〜6肋ありねじれる。鞘の長さ4〜8cm。
総苞片は卵状披針形で頭花よりも長く、無毛で先はとがる。近縁種のニッポンイヌノヒゲやイヌノヒゲに較べ、総苞片の数は多い。
頭花は半球状で、総苞を含み径8〜10mm。花床には毛がある。
開花期には雄花や雌花の上縁、花苞の上縁から背にかけて白色棍棒状毛がよく目立つ。
雌花の萼内側と雌花花弁内側には毛があり、3離生する雌花弁先端は2裂する。
種子は約1mmで、顕微鏡で見ると多数のT〜Y形の鉤毛がよく目立つ。

ホシクサ科ホシクサ属の植物はどれもみな環境の改変や水質の悪化などに対して抵抗力が弱く、姿を消している場所も多い。
シロイヌノヒゲをはじめとしたホシクサ類が自生するような場所は、かなり良好な環境だといえる。
当地のシロイヌノヒゲの場合は大きな古い溜池畔であるか、古くからある湿地などで見られ、他の合生萼節のイヌノヒゲ類よりもやや稀。

シロイヌノヒゲをはじめとしたホシクサ属合生萼節の種は、これといった種子拡散の方法をもたず、
花茎を放射状に広げることによってのみ、少しづつ生育領域を広げる。
このため、1つの湿原内でも、場所によって個体群間に明瞭な遺伝子的な差異が生じているという。
個体群間に障害物があれば、その傾向は顕著になるようだ。このため、遺伝的多様性の保全のためには周辺地域一帯の
小規模な湿地を含めた環境の保全が必要であるという。

シロイヌノヒゲと酷似するものに変種マツムライヌノヒゲ(var. matsumurae)がある。花床には毛がなく、子房(朔果)が2室まれに3室のものをいう。
また、イヌノヒゲ、シロイヌノヒゲ、マツムライヌノヒゲを全てまとめてイヌノヒゲとする見解もあるが、詳細はいまのところ不明である。
『Flora of Japan』の単子葉類の出版が待たれるところである。
近似種 : ニッポンイヌノヒゲイヌノヒゲイトイヌノヒゲ

■分布:本州、四国、九州 ・ 朝鮮半島
■生育環境:貧栄養な湿地、溜池畔など。
■花期:8〜9月
■西宮市内での分布:市内では4ヶ所の自生地を確認している。

Fig.3 溜池畔の群落。(西宮市・溜池畔 2006.9/22)
  秋季の渇水期には陸地化するような場所に好んで生育する。

Fig.4 花茎は他種に較べてはるかに長く、根生葉よりもはるかに長い。(西宮市・溜池畔 2007.9/20)

Fig.5 貧栄養な湿地で小さな花を開いて密生するシロイヌノヒゲ。(西宮市・湿地 2006.9/22)
  このような小型のシロイヌノヒゲは、イヌノヒゲやニッポンイヌノヒゲと肉眼では区別しがたい。

Fig.6 開花したシロイヌノヒゲの頭花。(西宮市・溜池畔 2007.9/20)
  総苞片は頭花よりも長く、無毛で、イヌノヒゲ、ニッポンイヌノヒゲよりも多数つく。
  雄花と雌花の萼の上縁と、花苞の上縁から背にかけては白色棍棒状毛が生え、開花期にはよく目立つ。

Fig.7 萼の白色棍棒状毛は種子が成熟してきても宿存する。(西宮市・溜池畔 2007.9/20)

Fig.8 シロイヌノヒゲの雄花。長さ約2mm。(西宮市・溜池畔 2007.10/28)
  左:背軸面側から見た雄花。萼が仏炎苞状に合着し、その隙間から筒状の雄花弁がのぞく。
    雄花弁は上部で3裂し、裂片上部には白色根棒状毛が生える。
  右:外側から見た雄花。萼の上部から背にかけて、白色棍棒状毛が目立つ。

Fig.9 シロイヌノヒゲの花苞。(西宮市・溜池畔 2007.10/28)
  花苞は花よりも少し短く、倒卵状くさび形。先はややとがり、上縁と背には白色棍棒状毛が生える。

Fig.10 雌花は長さ2.5〜3mm。(西宮市・溜池畔 2007.10/28)
  萼は仏炎苞状に合着し、花弁は3枚離生する。
  刮ハは3室あるが、結実にいたるのは1〜2個であることが多く、種子は広倒卵状楕円形に膨らむ。

Fig.11 雌花の萼(左:内側、右:外側)。(西宮市・溜池畔 2007.10/28)
  萼の内側には白色長毛が生える。上縁は浅い波状になり、白色棍棒状毛が上部外縁に生える。

Fig.12 雌花の花弁(左:内側、右:外側)。(西宮市・溜池畔 2007.10/28)
  花弁は白色スポンジ状で、披針状ヘラ形。内側上部に黒腺があり、その上で2裂し、内側中央には白色長毛が生える。
  上縁には白色棍棒状毛が生える。

Fig.13 晩秋の種子も充実した頃のシロイヌノヒゲ。(愛知県・湿地 2005.10/20)


Fig.14 種子は長さ約1mmで広倒卵状楕円形。(西宮市・湿地 2006.11/5)
  表面にはやや横長の6角形の網目模様があり、網目の隆起上から、先端がT〜Y形になる鉤毛が多数生える。

西宮市内での生育環境と生態
Fig.15 やや鉱物質の貧栄養な湿地に生えるシロイヌノヒゲ。(西宮市・湿地 2006.9/22)
浅い水が表層を流れる、湿地の中心部で生育していたもの。周囲の別種のように見える小型のホシクサ属の草体も全てシロイヌノヒゲ。
浅い水が流れるような場所で密生して生える場合は小型化し、単生するような場合には大きく生長する傾向がある。
自生地では同所的にミカズキグサ、イヌノハナヒゲ、サワシロギク、ウメバチソウや各種ミミカキグサやモウセンゴケが生育する。
画像のシロイヌノヒゲの周囲の浅水中に見えるヘラ形〜披針形の小さな葉はミミカキグサのもの。
シロイヌノヒゲの株元にはモウセンゴケが見える。

Fig.16 貧栄養な溜池畔で群生するシロイヌノヒゲ。(西宮市・溜池畔 2010.9/20)
ここでは、満水時には水没するような裸地に点々と群落をつくっていた。
同所的にイヌノヒゲ、ツクシクロイヌノヒゲなどのホシクサ属合生萼節の種が数種類自生し、サワトウガラシ、ミミカキグサ、シズイ、
ヒメゴウソ、サワギキョウなどが見られる、貴重な自然環境の残された場所である。

他地域での生育環境と生態
Fig.17 休耕田に群生するシロイヌノヒゲ。(兵庫県加東市・休耕田 2008.9/22)
休耕してかなりの年月がたつ水田跡で、現在ではヌマトラノオやセリに覆われた場所にシロイヌノヒゲの生育が見られた。
休耕田で生育している例はめずらしい。おそらく周辺の溜池から種子が流入したのだろう。

Fig.18 湿地に群生するシロイヌノヒゲ。(兵庫県三田市・湿地 2007.10/7)
放棄された溜池が湿地となった場所で大きな群落を形成していた。
この湿地の水路内ではマルバオモダカ、ヒツジグサ、フトヒルムシロが生育し、浅水域から陸地ではシロイヌノヒゲ、シカクイが多く、
ヤマトミクリ、タチスゲ、オニスゲ、アブラガヤ、コマツカサススキ、ハタベカンガレイ、モウセンゴケ、ミミカキグサ類が見られた。

Fig.19 減水した溜池畔に群生するシロイヌノヒゲ。(兵庫県加東市・溜池畔 2011.10/19)
秋期に水抜きされて減水した溜池畔の礫間にシロイヌノヒゲが群生していた。
この溜池ではほかにイヌノヒゲ、イトイヌノヒゲ、ツクシクロイヌノヒゲが生育し、満水時に水没せず湧水のある場所ではイトイヌノヒゲが生育し、
満水時には水没してしまう場所ではツクシクロイヌノヒゲが群生し、シロイヌノヒゲはその中間の礫の多い場所に群生していた。
イヌノヒゲはシロイヌノヒゲと生育箇所が多少重複し、泥地に多く見られた。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑や一般書籍を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
佐竹義輔, 1982 ホシクサ科. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)『日本の野生植物 草本T 単子葉類』
       75〜84. 平凡社
村田源, 2004 ホシクサ科. 北村四郎・村田源・小山鐡夫 『原色日本植物図鑑 草本編(3) 単子葉類』 p.175〜185. pl.48. 保育社
牧野富太郎, 1961 シロイヌノヒゲ. 前川文夫・原寛・津山尚(補遺・編) 『牧野 新日本植物図鑑』 817. 北隆館
福留正明. 2001. ホシクサ属. 神奈川県植物誌調査会(編)『神奈川県植物誌 2001』 253〜256. 神奈川県立生命
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. シロイヌノヒゲ. 『六甲山地の植物誌』 214. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. シロイヌノヒゲ. 『近畿地方植物誌』 150. 大阪自然史センター
高田順, 1996. ホシクサ属数種の種子形態(1). 水草研究会会報 58:18〜24.
高田順, 1998. ホシクサ属数種の種子形態(2). 水草研究会会報 63:29〜34.
高田順, 2000. ホシクサ属数種の種子形態(3). 水草研究会会報 69:22〜34.
高田順, 2001. ホシクサ属数種の種子形態(4). 水草研究会会報 72:17〜23.
鈴木武, 2002. 兵庫県での低湿地植物の遺伝子多様性−シロイヌノヒゲ(ホシクサ科)−. 種生物学会 『保全と復元の生態学』
       168〜175. 文一統合出版
高田順, 2007. オオホシクサの変異と推定雑種. 水草研究会会報 88:17〜24.
矢内正弘, 2008 県内のホシクサ科植物について. 兵庫植物誌研究会会報 75:1〜3
橋本光政・宮本太・高橋晃 2007. イヌノヒゲ. 兵庫県産維管束植物9 ホシクサ科. 人と自然19:116. 兵庫県立・人と自然の博物館

最終更新日:19th.Nov.2011

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