イトイヌノヒゲ Eriocaulon dscemfloum  Maxim. ホシクサ科 ホシクサ属
湿生植物
Fig.1 (西宮市・溜池畔 2010.9/13)

Fig.2 (兵庫県三田市・溜池畔 2011.9/14)

湿地や溜池畔に生える1年草。ごく短い茎を持つ。
根生葉は長さ3〜10cm、幅2mm前後で、3〜9脈あり格子状。葉先はとがる。
花茎は高さ5〜30cm、5〜6肋あり強くねじれる。鞘は長さ3〜5cmで、口部は裂けずに長い斜め切形となる。
頭花は開花期では倒円錐形、種子が成熟する果実期には総苞片がやや開いて半球形となる。花径は3〜7mm。ほぼ白色。
総苞片は卵状披針形で頭花より長く、白〜緑白色で膜質。先はやや鈍頭。
雄花の花苞、萼、花弁ともに上縁部付近に白色根棒状毛が生え、雌花の萼や花弁の先端にも白色根棒状毛が生える。
花は基本的に2数性で、萼、花弁、子房などはいずれも2個であり、頭花を分解しそれらの個数を確認するとよい。

イトイヌノヒゲは、湿地でも人為的な攪乱や、野生動物による攪乱が多い場所や、渇水と湛水を繰り返すような溜池畔に多い。
ときには湿田に続く用水路や湿田内にも生育している個体を見るが、ヒロハイヌノヒゲやホシクサのようには水田を好まない。
花期はホシクサ属のなかでも最も早い。
近似種 : シロイヌノヒゲイヌノヒゲニッポンイヌノヒゲ

■分布:日本全土
■生育環境:湿地、溜池畔、湿田、用水路。
■花期:8〜9月
■西宮市内での分布:市内では六甲山麓から北部の丘陵地まで点々と自生地がある。
              市内ではイヌノヒゲとともに比較的普通に見られる。

Fig.3 開花しはじめたイトヌノヒゲ。(西宮市・溜池畔 2007.8/31)

Fig.4 萼や花苞に白色棍棒状毛を密生した開花初期のイトイヌノヒゲ。(西宮市・溜池畔 2007.8/31)
  総苞片は卵状披針形で緑白色〜白色、膜質で薄く、先端はやや鈍頭。
  総苞片が膜質となるのはイトイヌノヒゲのみで他種との区別は容易。

Fig.5 開花中期のイトイヌノヒゲ。(兵庫県加東市・溜池畔 2008.9/22)
  花が開花すると、白色根棒状毛だけでなく、花苞や花弁の中程に生えている白色長毛も現れる。
  一部の子房は膨らみはじめて淡緑色で丸い姿を現し、その先にはイトイヌノヒゲの2数性をあらわす2岐する雌蕊が見える。

Fig.6 果実期の頭花。(1目盛は1mmをあらわす。)(西宮市・溜池畔 2007.10/21)
  白色棍棒状毛や雄花の葯は、果実期でもかなり残存している。この時期の頭花は総苞片が広がり、半球状となる。
  また、この時期のものはシロイヌノヒゲと似るが、総苞片の形が卵状披針形で膜質、やや鈍頭な点と、総苞片の数が少ない点とで
  区別は可能である。

Fig.7 イトイヌノヒゲの雄花。(西宮市・溜池畔 2007.10/21)
  長さは約2mm。萼片は2個で中部以下が合着し、裂片は披針形で、先端から背面上部には白色棍棒状毛がある。
  花弁は下部筒状、上部が2裂し、先端部に白色棍棒状毛があり、内側には黒腺がある。
  雄蕊は4本(ときに2〜3本)で、葯は黒色。

Fig.8 雌花の萼片(上)と花弁内側(下)。(西宮市・溜池畔 2007.10/21)
  雌花の萼片は2個離生し線状披針形、先端部に白色棍棒状毛と、少数の白色長毛がある。
  花弁は2個離生し、線状ヘラ形。上〜中部外縁付近に白色長毛、先端には白色棍棒状毛をつける。
  上部中央には黒腺がある。

Fig.9 子房は2室。(西宮市・溜池畔 2007.10/21)
  イトイヌノヒゲの花の構造は2数性で、萼片、花弁のほか刮ハ(子房)も2室となる。

Fig.10 種子は楕円形で、0.7〜0.9mm(西宮市・溜池畔 2007.10/21)
  表面には横長の6角形の網目模様があり、縦に鉤毛の列が少しジグザグに並ぶ。
  このようにはっきりとした長い鉤毛が縦方向に多数並ぶのはイトイヌノヒゲ以外にはなく、同定上重要な点である。

Fig.11 花茎は捩れるが、画像の個体はひときわ捩れが強い。(西宮市・溜池畔 2007.8/31)
  後方の線形の草体はニッポンイヌノヒゲ。葉幅や葉の長さの違いがよくわかる。

Fig.12 根生葉は長さ3〜10cmで、幅は2mm前後。先端はとがる。(西宮市・溜池畔 2007.8/31)

Fig.13 溜池畔で生長するイトイヌノヒゲ。(兵庫県三田市・溜池畔 2007.6/21)
  1本の花茎が倒れ込んだその場所で発芽した集団だろう。このような例はホシクサ科では多い。
  種子自体には水に浮くといったような分布を拡大する機能がないためか、長い花茎を立ち上げた後、花茎を放射状に広げて熟すものが多い。

西宮市内での生育環境と生態
Fig.14 池畔の小湿地のイヌノハナヒゲ群落の間に生育するイトイヌノヒゲ。(西宮市・溜池畔 2007.8/31)
ちょっとしたイノシシの攪乱によってできた裸地に多数の株が見られた。
同所的にニッポンイヌノヒゲも見られたが、ニッポンイヌノヒゲは半ば抽水状態となるような喫水線付近で群生し、
イトイヌノヒゲはそれよりも上部で群生していた。

他地域での生育環境と生態
Fig.15 池畔の小湿地のイヌノハナヒゲ群落の間に生育するイトイヌノヒゲ。(兵庫県三田市・湿地畔 2008.8/17)
溜池畔に広がる湧水起源の湿地に生育するイトイヌノヒゲ。
地表には湧水が滲み出しており、そこにミミカキグサ、ホザキノミミカキグサ、モウセンゴケ、コイヌノハナヒゲ、コシンジュガヤなどとともに生育。
溜池の水際はチゴザサが繁茂しており、そこにはイトイヌノヒゲは見られなかった。

Fig.16 減水した溜池畔の集団。(兵庫県篠山市・湿地畔 2009.9/10)
礫混じりの裸地にエゾハリイ、イトイヌノハナヒゲ、ヒメオトギリなどとともに群生していた。
すでに陸地化して地表はすっかり乾いているように見えるが、礫間には軟泥が詰まっており、毛管現象によって地下水が微量ながら常に供給されている。
イトイヌノハナヒゲは他の植物が進入しがたい初夏の沈水状態の時期に発芽生長して、減水した秋には開花する溜池のサイクルによく適応している。

Fig.17 減水した溜池畔の池畔上部に生育するイトイヌノヒゲ。(兵庫県加東市・湿地畔 2011.10/19)
この溜池畔にはイトイヌノヒゲ、イヌノヒゲ、シロイヌノヒゲ、ツクシクロイヌノヒゲの4種のホシクサ科草本が生育しており、それぞれかたまって生育している。
このうちツクシクロイヌノヒゲは沈水状態に対する耐性が最も強く、干上がった池底のかなり下方に生育しており、一部はヒメホタルイの生育領域と重複する。
続いてイヌノヒゲ、シロイヌノヒゲが出現し、イヌノヒゲは終日日の当たる場所に多く、シロイヌノヒゲは日向〜半日陰にわたって見られる。
イトイヌノヒゲは最も上部で、土壌表層に湧水がにじむ半日陰となる場所にかたまって生育していた。
イトイヌノヒゲの生育箇所には結実後のヒナザサが生育していた。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
佐竹義輔, 1982 ホシクサ科. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)『日本の野生植物 草本T 単子葉類』
       75〜84 平凡社
村田源, 2004 ホシクサ科. 北村四郎・村田源・小山鐡夫 『原色日本植物図鑑 草本編(3) 単子葉類』 p.175〜185. pl.48. 保育社
牧野富太郎, 1961 イトイヌノヒゲ. 前川文夫・原寛・津山尚(補遺・編) 『牧野 新日本植物図鑑』 817. 北隆館
福留正明. 2001. ホシクサ属. 神奈川県植物誌調査会(編)『神奈川県植物誌 2001』 253〜256. 神奈川県立生命の星・地球博物館
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. イトイヌノヒゲ. 『六甲山地の植物誌』 223. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. イトイヌノヒゲ. 『近畿地方植物誌』 150. 大阪自然史センター
矢野悟道・竹中則夫. 1978. 甲山湿原(仁川地区)の植生調査並びに保全に関する報告書. 西宮市自然保護課
高田順, 1996 ホシクサ属数種の種子形態(1). 水草研究会会報 58:18〜24
高田順, 1998 ホシクサ属数種の種子形態(2). 水草研究会会報 63:29〜34
高田順, 2000 ホシクサ属数種の種子形態(3). 水草研究会会報 69:22〜34
高田順, 2001 ホシクサ属数種の種子形態(4). 水草研究会会報 72:17〜23
矢内正弘. 2008. 県内のホシクサ科植物について. 兵庫植物誌研究会会報 75:1〜3
橋本光政・宮本太・高橋晃 2007. イトイヌノヒゲ. 兵庫県産維管束植物9 ホシクサ科. 人と自然18:116. 兵庫県立・人と自然の博物館

最終更新日:12th.Nov.2011

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