イヌタヌキモ | Utricularia australis R.Br. | タヌキモ科 タヌキモ属 |
浮遊植物 環境省準絶滅危惧種 |
Fig.1 (西宮市・溜池 2008.8/16) 湖沼や溜池、水路、ときに水田などに生育する多年草。 茎は細く0.3〜2mm、全長は長いものでは1mを超える。 葉の長さ1.5〜4.5cm、基部で2本の枝に分かれ、さらに平面的に2叉状に何回か分かれる。 捕虫嚢は多いが、生育環境によってはほとんど見られないこともある。 花茎は長さ10〜30cmで、分枝した先端に1個づつ、3〜10花つけ、花茎はふつう水中茎より太く、中実。 花柄は長さ0.5〜3cmで、果実期には湾曲して下向する。花弁は黄色で、距は下唇より短く鈍頭。 果実は球形で径約4mm。雄性不稔で結実しない集団もあるという。 殖芽は長楕円形で暗緑褐色〜暗褐色、長さ4〜10mm、幅3〜7mm。殖芽葉は中軸が不明瞭で、不規則に分裂し、刺毛が顕著。 冬期は殖芽により越冬するが、水底に沈むものもあれば、浮遊しているものも見られる。 稀に葉面から無性芽を生じる集団がある。 関連ページ : タヌキモとイヌタヌキモの殖芽比較 タヌキモ(U. vulgaris var. japonica)はイヌタヌキモとオオタヌキモのF1雑種で、殖芽が球形で、殖芽葉には明瞭な中軸があり、花茎は中空。 オオタヌキモ(U. macrorhiza)は大型で、殖芽は球形、葉は分岐が多数で、多くの捕虫嚢がつく。北海道、東北。 ノタヌキモ(U. aurea)は葉が基部から3岐し、殖芽は形成せず、盛んに黄色の花をつけ、自家受粉で結実する。国内ではふつう冬期に枯死する。中栄養な溜池に多い。 フサタヌキモ(U. aurea)は葉が細裂してやわらかく、殖芽は球形、花は淡黄色、捕虫嚢は少数しかつかない。やや富栄養な溜池に稀。 ヒメタヌキモ(U. minor)は葉まばらについて小さく、裂片は2叉分枝し、茎や枝先端の新芽はシダの新芽のように巻く。花は稀で淡黄色〜白色〜淡紅色。殖芽は球形で7mm以下。 コタヌキモ(U. intermedia)は葉は小型で扇状で重なり合ってつき、花は黄色。殖芽は球〜楕円形で、2〜5mm。西日本ではごく稀。 近似種 : ノタヌキモ、 フサタヌキモ、 ヒメタヌキモ、 コタヌキモ、 イトタヌキモ、 タヌキモ、 オオタヌキモ ■分布:日本全土 ・ ヨーロッパ、アジア、アフリカ、オーストラリア ■生育環境:湖沼や溜池、水路など。 ■花期:7〜9月 ■西宮市内での分布:北部の山間の溜池、用水路、稀に水田などで見られる。 |
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↑Fig.2 イヌタヌキモの花序。(西宮市・溜池 2007.8/19) 花序は総状花序で、3〜10個の唇形花が下方から順次開花する。 上唇は広披針形で基部は開出気味に開き、中部より上方は直立する。 |
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↑Fig.3 上方から見た花冠。(西宮市・溜池 2007.8/19) 下唇は偏円形で横に広がり、上唇の幅の約3倍。 距は下唇よりも短いため、下唇に隠れて画像には写っていない。 |
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↑Fig.4,5 正面(上)と裏面(下)から見た花冠。(兵庫県篠山市・溜池 2010.8/19) 裏面から見たものには下唇よりも小さな距が写っている。距の先は鈍頭。 |
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↑Fig.6 花茎の横断面。(兵庫県篠山市・溜池 2010.8/19) 中心部に中空となる部分はなく、タヌキモと区別される。 |
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↑Fig.7 イヌタヌキモの草体。(西宮市・溜池 2006.9/21) 葉は互生してつき、基部で2本に分かれる。 |
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↑Fig.8 羽片と捕虫嚢。(西宮市・溜池 2007.9/6) 画像は基部で2本に分かれた羽片のうちの1本を拡大したもの。羽片の分岐は平面的であるのがわかる。 捕虫嚢は2回目に分枝した羽片の基部寄りに付く。 羽片は更に小羽片を分け、最後に2叉分岐して終わる。 |
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↑Fig.9 羽片の分岐部。(西宮市・溜池 2007.9/6) 小羽片が分岐する部分では、羽片の中軸は屈曲し、分岐の外側には浅い溝(矢印の部分)が見られる。 この溝は、捕虫嚢の柄が出る反対側には生じない。 |
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↑Fig.10 捕虫嚢。(西宮市・溜池 2007.9/6) 捕虫嚢は普段は内部に水分はなく、フタによって硬く閉じている。 口部には数本の口ひげが見られる。この口ひげは微生物をおびき寄せるオトリのようなもので、フタの部分に小さな触刺がある。 触刺に微生物が触れるとフタが開いて、水とともに微生物を内部に吸い込む仕掛けになっている。 画像のものは、水から引き上げた際に触刺が刺激され、内部には空気が充満し、凸レンズ状に膨らんでいる。 自生しているものでは、多くの微生物を取り込んでいるのか、捕虫嚢が黒くなっているものをよく目にする。 |
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↑Fig.11 小羽片の先端部分。(西宮市・溜池 2007.9/6) 葉縁には小刺毛がある。画像ではやや対生気味についている様に見えている。 小羽片の先端にも1個の刺毛がつく。 |
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↑Fig.12 殖芽。(西宮市・溜池 2006.11/28) 殖芽は長楕円形で暗緑褐色〜暗褐色、長さ4〜10mm、幅3〜7mm。 ふつう11月頃から殖芽を形成しはじめていることが多いが、中には9月頃に形成している個体も見かける。 タヌキモの殖芽は球形で緑色であることから、殖芽を観察すれば同定は容易である。 |
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↑Fig.13 毛羽立ったタイプの殖芽。(兵庫県三田市・溜池 2007.12/3) |
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↑Fig.14 Fig.13 の殖芽から切り出した殖芽葉。(兵庫県三田市・溜池 2007.12/3) 中軸らしきものは見当たらず、羽片上部には小刺毛が目立つ。 タヌキモの殖芽葉では明瞭な中軸が見られ、羽片は中軸から規則的に分岐して並ぶ。 |
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↑Fig.15 扁平で浮遊する殖芽。(兵庫県加東市・溜池 2011.1/25) イヌタヌキモはふつう長楕円形の殖芽をつくるが、球形で扁平な殖芽が見られた。 殖芽は水底に沈むものが多いが、浮遊する集団もあり、この場所のものは浮遊するタイプだった。 |
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↑Fig.16 呼吸根を出したイヌタヌキモ。(兵庫県篠山市・溜池 2010.8/19) ときに葉腋から呼吸根を出すものがある。 |
西宮市内での生育環境と生態 |
Fig.17 溜池の浅瀬で花茎を上げるイヌタヌキモ。(西宮市・溜池 2007.8/19) タヌキモ類はノタヌキモをのぞいて、生育状態が良好でないと開花はあまり見られない。 イヌタヌキモは比較的開花が見られるほうだが、それでも安定して開花が見られる場所は年々減少している。 市内ではまだ数ヶ所でイヌタヌキモの開花が毎年安定して見られる場所がある。 場所は山間にある小さな溜池で、浅水域のシズイ群落の株元で花茎をあげていた。 |
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Fig.18 フトヒルムシロと群落をつくるイヌタヌキモ。(西宮市・溜池 2006.9/21) 自然度の高い腐植栄養質の溜池では、このような光景に出くわすことが多い。 ここでは浮葉植物はフトヒルムシロのみが見られたが、ジュンサイやヒツジグサを伴うことも多い。 池畔にはニッポンイヌノヒゲ群落、ヒナザサ、アオコウガイゼキショウ、ハリイ、イヌノハナヒゲなどが見られた。 |
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Fig.19 水田の用水路内に生育するイヌタヌキモ。(西宮市・用水路 2007.10/11) この水田の上部の山間の溜池にはイヌタヌキモが自生しており、そこから種子か殖芽が流出して生育しているものと考えられる。 用水路内にはヒロハトリゲモ、シャジクモ、ミズオオバコが見られ、夏以降は周囲の雑草が繁茂して、あまり陽が当たらない。 |
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Fig.20 農地の溜池に生育するイヌタヌキモ。(西宮市・溜池 2008.8/16) この溜池はほとんど栽培種のスイレンの群落によって占められているが、それ以外の部分ではイヌタヌキモがびっしりと水面を覆っている。 昨年まではフトヒルムシロやジュンサイの浮葉も確認できたが、スイレンの繁殖力の前には為すすべもなく衰退して絶滅寸前である。 |
他地域での生育環境と生態 |
Fig.21 貧栄養〜中栄養な溜池に見られるイヌタヌキモ。(兵庫県篠山市・溜池 2010.8/23) 兵庫県内では基岩が流紋岩質か花崗岩の貧栄養な土壌が広がる地域で普通に見られ、基岩が堆積岩の地域では少ない。 ここでは基岩が流紋岩質で、やや中栄養な溜池に多数の個体が生育していた。 溜池内ではヒツジグサ、ジュンサイ、フトヒルムシロ、ヒシ、ホソバミズヒキモ、ホッスモ、クログワイが生育し、溜池畔ではサワギキョウ、 タチカモメヅル、ムカゴニンジン、ニッポンイヌノヒゲ、ヌマガヤ、サトヤマハリスゲ、ヒメアギスミレなどが生育していた。 |
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【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。) 田村道夫, 1981. タヌキモ科タヌキモ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編) 『日本の野生植物 草本3 合弁花類』 p.137〜139. pls.112〜114. 平凡社 北村四郎・村田源・堀勝, 2004 タヌキモ科タヌキモ属. 『原色日本植物図鑑 草本編(1) 合弁花類』 p.120〜123. pl.39. 保育社 大滝末男, 1980. タヌキモ科. 大滝末男・石戸忠 『日本水生植物図鑑』 12〜21. 北隆館 角野康郎, 1994. タヌキモ科タヌキモ属. 『日本水草図鑑』 148〜155. 文一統合出版 小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. イヌタヌキモ. 『六甲山地の植物誌』 195. (財)神戸市公園緑化協会 村田源. 2004. イヌタヌキモ. 『近畿地方植物誌』 37. 大阪自然史センター 沖田貞敏, 2008. 秋田県産大型タヌキモ類3種の花茎断面の観察. 水草研究会会報 90:1〜7. 角野康郎・高野温子 2006. イヌタヌキモ. 兵庫県産維管束植物7 タヌキモ科. 人と自然16:114. 兵庫県立・人と自然の博物館 最終更新日:2nd.Oct.2014 |