イヌノハナヒゲ Rhynchospora rugosa  (Vahl) Gale. カヤツリグサ科 ミカヅキグサ属
湿生植物
Fig.1 (兵庫県三田市・溜池畔 2008.7/21)

Fig.2 (兵庫県篠山市・溜池畔 2012.8/8)

日当たりのよい湿地や溜池畔などに生育する多年草。
植物体は叢生して高さ40〜100cm程になり、茎・葉ともに細長く粗剛。茎は細長く直立して、まばらに葉を互生する。
葉は茎より短く、幅の狭い線形で、幅約3.5mm、上部は稜をなして先端はやや鋭頭。
花序は散房状で3〜6個つき、下方の花序はやや下垂する。
小穂は広披針形で、長さ7〜9mm、褐色〜濃褐色で光沢はなく、少数の鱗片に包まれた1小花からなる。
痩果は2〜2.2mmで広倒卵形、6本の刺針状花被片を持ち、痩果の2〜3倍長で上向きの小刺を生じる。

関西で見られる近似種に以下のものがある。
 ・オオイヌノハナヒゲR, fauriei)…山地性。痩果には光沢があり、刺針状花被片は平滑、または下向きの小刺が散在する。
 ・コイヌノハナヒゲR, fujiiana)…痩果は狭倒卵形で逆徳利型。刺針状花被片は平滑、または下向きの小刺がある。
 ・イトイヌノハナヒゲR, faberi)…痩果は1.5〜2mmの広倒卵形。刺針状花被片は短く、朔果と同長か少し長い。小刺は下向き。
 ・ヒメイヌノハナヒゲR, faberi f. umemurae)…イトイヌノハナヒゲの変種で、刺針状花被片の小刺は上向き。
 ・トラノハナヒゲR, brownii)…暖地の海岸付近の湿地に生え、小穂は離れてまばらにつき、痩果表面には横紋状の模様がある。
 ・ミカヅキグサR, alba)…北方系。関西には点々と隔離遺存。小穂は白色で、刺針状花被片は10〜15個と多い。同定は容易。
ミカヅキグサを除いて、同定には痩果の形態、刺針状花被片の長さ、刺針状花被片の小刺の有無や向きを調べる必要がある。

本種はしばしば環境良好な貧栄養型湿地や溜池畔で大きな群落をつくる。溜池畔では裸地の上部に多い。
水位の安定した貧栄養な溜池では、陽光の充分当たる明るい池畔の水際部分に群落を形成する。
湿地では湧水が滲み出す緩斜面の中〜上部で群落が見られることが多い。
水分の少ない半裸地状草地に生育するものや、草本が混み入った場所で生育する当年株は矮小化して、外見上イトイヌノハナヒゲやコイヌノハナヒゲと紛らわしいものがある。
紛らわしいと感じたら、痩果を顕微鏡で確認することが望ましい。
近似種 : ミカヅキグサコイヌノハナヒゲイトイヌノハナヒゲトラノハナヒゲ、 オオイヌノハナヒゲ

■分布:本州中部以南、沖縄 ・ 朝鮮、中国、台湾、インド、インドネシア
■生育環境:日当たりのよい貧栄養な湿地、貧栄養な溜池畔。
■花期:7〜9月
■西宮市内での分布:市内の貧栄養な湿地や溜池で最も普通に見られるカヤツリグサ科植物。

Fig.3 全草標本。(西宮市・崩壊地の小湿地 2009.11/4)
  匍匐枝はなく、根茎はごく短く叢生する。茎はやや硬く細長く伸びて葉を互生する。
  根生するように見える葉もあるが、いずれも葉身基部に葉鞘があり、有花茎を抱いている。

Fig.4 小穂からでたやや幅広の糸状のものが雄蕊の葯で、細い糸状のものが雌蕊柱頭。(西宮市・小湿地 2006.7/12)
  雌蕊柱頭は2岐する。

Fig.5 花序。(西宮市塩瀬町名塩・溜池畔 2007.8/19)
  小穂が成熟してくると、コイヌノハナヒゲのように下垂気味にはならないが、一方になびくことが多い。

Fig.6 痩果が成熟直前の小穂。(西宮市・溜池畔 2007.8/19)
  小穂からのぞいている糸状のものは花糸と刺針状花被片。

Fig.7 花序の拡大。(西宮市・小湿地 2006.8/5)
  花序には複数個の小穂がつく。
  小穂は褐色〜濃褐色で光沢はなく、数個の鱗片にくるまれた1小花がある。


Fig.8,9 イヌノハナヒゲの痩果。(西宮市・溜池畔 2006.11/9  兵庫県篠山市・溜池畔 2014.11/11)
  痩果には6本の刺針状花被片があり、長さは果実の約2倍で、上向きの小刺がある。
  痩果の表面には低いゆるやかな横皺が見られる。下画像の小刺のないテープ状のものは、雄蕊の花糸で刺針状花被片ではない。

Fig.10 成長期がおわり、花茎をあげつつあるイヌノハナヒゲ。(神戸市北区・溜池畔 2007.7/15)

Fig.11 開花中の小穂。(兵庫県篠山市・溜池畔 2014.6/24)


西宮市内での生育環境と生態
Fig.12 貧栄養な湿地に見られるイヌノハナヒゲ。(西宮市・湿地 2006.9/22)
画像は湿原内の湧水が滲み出す緩斜面に自生しているもので、シロイヌノヒゲやモウセンゴケ、ミミカキグサの群落を囲むように群落をつくっている。
イヌノハナヒゲの群落中にはミズギボウシ、サワシロギクといったやや丈の高い湿生植物が見られ、全体にウメバチソウが点在する。
この湿原の中央部にはミカヅキグサの群落が見られ、そこではイヌノハナヒゲよりもミカヅキグサのほうが優位となる。

Fig.13 貧栄養な溜池畔のイヌノハナヒゲ。(西宮市・溜池畔 2006.10/16)
池の手前に写っている花序をつけた線形の草体がイヌノハナヒゲ。
水面の浮葉はフトヒルムシロのもの。水中にはイヌタヌキモがみられ、カンガレイ、イグサが抽水状態で生育し、
イヌノハナヒゲ群落中にはゴウソ、タチスゲなどのスゲ類、イトイヌノヒゲ、ホソバリンドウなどが見られる。

他地域での生育環境と生態
Fig.14 溜池畔に生育するイヌノハナヒゲ。(兵庫県三田市・溜池畔 2008.9/28)
溜池畔にある小湿地の水際にチゴザサ、コシンジュガヤ、マネキシンジュガヤなどとともに生育していた。

Fig.15 溜池畔の湿原で大規模な群落を形成するイヌノハナヒゲ。(兵庫県小野市・溜池畔 2011.7/31)
イヌノハナヒゲは貧栄養な低層湿原の主要な構成種となり、群落中には様々な湿生植物を伴う。
ここでは地下水位が高く表水の見られる場所ではミカヅキグサ、ミミカキグサ、ホザキノミミカキグサ、イトイヌノヒゲが見られ、
表水のない場所ではヒメヒラテンツキ、カモノハシ、トウカイコモウセンゴケなどが出現した。

Fig.16 溜池畔の湿原で群生するイヌノハナヒゲ。(兵庫県姫路市・溜池畔 2011.8/30)
谷津の重ね池の1つに湿原が発達し、イヌノハナヒゲが優占していた。
湿原中にはマネキシンジュガヤ、コマツカサススキ、イヌシカクイ、チゴザサ、カモノハシ、シロイヌノヒゲ、イトイヌノヒゲ、ミミカキグサ、
ワレモコウ、オミナエシ、キセルアザミなどが生育していた。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑や一般書籍を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
大井次三郎, 1982 カヤツリグサ科ミカヅキグサ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)
       『日本の野生植物 草本1 単子葉類』 p.170〜171. pls.152〜153. 平凡社
小山鐡夫, 2004 カヤツリグサ科イヌノハナヒゲ属. 北村四郎・村田源・小山鐡夫 『原色日本植物図鑑 草本編(3) 単子葉類』 p.251〜254. pl.63. 保育社
牧野富太郎, 1961 イヌノハナヒゲ. 前川文夫・原寛・津山尚(補遺・編) 『牧野 新日本植物図鑑』 774. 北隆館
星野卓二・正木智美, 2003 ミカヅキグサ属. 星野卓二・正木智美・西本眞理子『岡山県カヤツリグサ科植物図譜(U)』 194〜207. 山陽新聞社
谷城勝弘, 2007 ミカヅキグサ属. 『カヤツリグサ科入門図鑑』 119〜122. 全国農村教育協会
近藤浩文, 1982 甲山周辺の湿地植物. 『六甲の自然』 85〜87. 神戸新聞出版センター
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. イヌノハナヒゲ. 『六甲山地の植物誌』 252. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. イヌノハナヒゲ. 『近畿地方植物誌』 166. 大阪自然史センター
矢野悟道・竹中則夫. 1978. 甲山湿原(仁川地区)の植生調査並びに保全に関する報告書. 西宮市自然保護課
黒崎史平・松岡成久・高橋晃・高野温子・山本伸子・芳澤俊之 2009. イヌノハナヒゲ. 兵庫県産維管束植物11 カヤツリグサ科. 人と自然20:175.
       兵庫県立・人と自然の博物館

最終更新日:14th.Nov.2014

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