イトタヌキモ(ミカワタヌキモ) Utricularia exoleta  R. Br. タヌキモ科 タヌキモ属
湿生〜浮遊植物  環境省絶滅危惧U類(VU)・兵庫県RDB Aランク種
Fig.1 (兵庫県加東市・湿地 2008.10/12)

湿地、溜池などに生育する繊細で小型の1年草または多年草。湿生状態で見られることが多いが、溜池などで浮遊状態で生育することもある。
根はなく、茎はごく細く直径1mm以下の糸状、浅い水中または泥中を横走し盛んに分枝して絡み合いマット状となる。
葉は少なく、ややまばらで、長さ0.5〜1.5cm、繊細な2叉分枝状の葉がつく。葉には普通1〜2(ときに3〜4)個の捕虫嚢がつく。
干上がった泥上で生育するものは花期になると次々に盛んに開花する。浮遊状態のものでは密集してマット状になると花茎をあげる。
花茎は長さ5〜15cm、1節から2本以上立つことが多い。花数は1〜3個。花序の下方には長さ約1mmの苞がつく。
花は淡い黄色で幅3〜4o、上下2唇に分かれ、下唇の下方には長さ3〜4mmの距がある。上唇は広卵形で長さ1.5〜3mm、3裂する。
萼はほぼ円形、膜質、長さ2〜3mm、花後成長して朔果の下部を包む。
自家受粉でよく結実し、果実は直径3〜4o、径1oの種子が多数できる。
湿地上で生育するものは越冬できず1年草となるが、浮遊するものは一部がそのまま冬を越す。

よく似た種で外来のオオバナイトタヌキモU. gibba)があり湿地や公園の池などに逸出していることがある。
一時期、ホームセンターの水生植物のコーナーなどに販売されている鉢の中に外来アゾラとともによく見られたが、現在はどうなのだろうか。
近似種 : オオバナイトタヌキモ、 ヒメタヌキモイヌタヌキモノタヌキモフサタヌキモ、 コタヌキモ、 タヌキモ

■分布:本州(東海、近畿、中国地方)、九州 ・ 中国、台湾、インド、マレーシア、オーストラリア、ポルトガル、アフリカ、マダガスカル
■生育環境:湿地、溜池畔など。
■果実期:8〜10月
■西宮市内での分布:市内では確認できていない。

Fig.2 全草標本。(兵庫県姫路市・溜池 2011.8/30)

Fig.3 水位のごく浅い泥上でマット状に生育するイトタヌキモ。(兵庫県加東市・湿地 2008.10/5)
  水中には水中茎を、泥中には地中茎を横走し、どちらの茎にも捕虫嚢をつける。

Fig.4 全草の様子。(兵庫県加東市・湿地 2008.10/5)
  水中茎、地中茎ともに糸状で繊細。

Fig.5 水中茎。(兵庫県加東市・湿地 2008.10/5)
  茎は淡緑色で、2叉状に分枝する繊細な葉がまばらにつく。葉には普通0〜2個ときに3〜4個の捕虫嚢をつける。

Fig.6 水中茎の先端(左)と葉の裂片先端部(右)。(兵庫県加東市・湿地 2008.10/5)
  水中茎の先端はシダ科植物の展葉前のように巻く。
  葉の裂片の縁と先端には少数の微鋸歯があり、鋸歯の先は小刺状となる。

Fig.7 地中茎。(兵庫県加東市・湿地 2008.10/5)
  地中茎は白色で葉緑体を持たず、新しい茎では捕虫嚢をまばらにつける。
  画像の泥の塊のようなものは捕虫嚢の内部に取り込まれた泥であり、捕虫嚢はほとんど無色透明にちかい。
  分枝した非常に細い地中茎にも小さな捕虫嚢が形成されている。

Fig.8 捕虫嚢。(兵庫県加東市・湿地 2008.10/5)
  左は水中茎についたもの。右は地中茎についたもの。
  水中茎のものと地中茎のものとでは大きさにはほとんど変化はなく、地中茎のものは葉緑体がなく無色透明である。
  水中茎につくもののほうが、口部のひげ状の毛の分岐が多い。

Fig.9 ごく浅い泥中に生育する個体。(兵庫県姫路市・溜池 2011.8/30)
  このような状態で生育するものは、泥中に草体がある程度固定されるため、盛んに花茎を上げて結実する。


Fig.10,11 花冠。(兵庫県加東市・湿地 2008.10/5)
  花冠は無毛、淡い黄色で長さ5〜10mm、幅3〜4mm、2唇形で上下に分かれる。上唇は広卵形で長さ1.5〜3mm、3裂する。
  下唇の中央部は隆起して仮面部を形成、その表面には朱黄色の斑紋がある。   下唇の下方には長さ3〜4mmの距がある。

Fig.12 果実。(兵庫県加東市・湿地 2008.10/5)
  結実はやや良好。果実は倒卵状球形または扁球形で径3〜4mm、わずかに2岐した花柱が宿存し、熟すと褐色となり2裂する。

Fig.13 水面や水中を浮遊する個体。(兵庫県姫路市・溜池 2011.8/30)
  浮遊するものは波風に翻弄されるため、花茎を上げることはほとんどない。

Fig.14 浮遊状態で越冬するイトタヌキモ。(兵庫県神戸市・溜池 2015.2/20)
  イトタヌキモは殖芽を形成せず、溜池では浮遊状態のまま越冬する。

生育環境と生態
Fig.15 干上がった溜池畔の湧水の水溜り中に生育するイトタヌキモ。(兵庫県加東市・溜池畔 2008.10/12)
左側の糸状の草体がイトタヌキモ。右の草体は水溜りに取り残され小型化したノタヌキモ。
イトタヌキモは花茎をあげていたが、ノタヌキモにはその力が無いようだ。
周辺にはヒナザサ、クログワイ、ミズニラ、ホシクサ類が生育し、側の水路ではノタヌキモが流水中にも関わらず開花していた。

Fig.16 湿地下部の斜面にある湧水地にマット状に生育するイトタヌキモ。(兵庫県加東市・湿地 2008.10/19)
礫混じりの粘土質の斜面の礫の間を埋めるように生育している。この場所のものは開花は終わり、多数の果実を形成していた。
上部の湿地ではサワギキョウ、スイラン、シロイヌノヒゲ、イヌノヒゲ、ヌマガヤ、イヌノハノヒゲ、コイヌノハナヒゲ、ミミカキグサ、
ホザキノミミカキグサ、トウカイコモウセンゴケ、モウセンゴケなどが見られる。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
田村道夫, 1981. タヌキモ科タヌキモ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)
       『日本の野生植物 草本3 合弁花類』 p.137〜139. pls.112〜114. 平凡社
北村四郎・村田源・堀勝, 2004. タヌキモ科タヌキモ属. 『原色日本植物図鑑 草本編(1) 合弁花類』 p.120〜123. pls.39. 保育社
大滝末男, 1980 タヌキモ科. 大滝末男・石戸忠 『日本水生植物図鑑』 12〜21. 北隆館
角野康郎, 1994 タヌキモ科タヌキモ属. 『日本水草図鑑』 148〜155. 文一統合出版
勝山輝男. 2001. タヌキモ科タヌキモ属. 神奈川県植物誌調査会(編)『神奈川県植物誌 2001』 1282〜1283. 神奈川県立生命の星・地球博物館
小林禧樹. 1989. ミカワタヌキモ. 『西神戸の植物』 26. 自費出版
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. ミカワタヌキモ. 『六甲山地の植物誌』 195. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. ミカワタヌキモ. 『近畿地方植物誌』 37. 大阪自然史センター
角野康郎 2006. イトタヌキモ. 兵庫県産維管束植物7 タヌキモ科. 人と自然16:115. 兵庫県立・人と自然の博物館

最終更新日:10th.May.2015

<<<戻る TOPページ