ヒメビシ Trapa incisa  Sieb. et Zucc. ヒシ科 ヒシ属
水生植物 > 浮葉植物  環境省絶滅危惧U類(VU)・兵庫県RDB Aランク種
Fig.1 (兵庫県播磨・溜池 2011.9/19)

湖沼、溜池、水路などに生育する1年生の浮葉植物。
浮葉は長さ1.5〜3.5cm、幅1〜3cm、やや縦長であることが多く、葉身が小形なため鋸歯が粗く見える。
葉の7裏面や葉柄の毛は他種に比べてまばらか、ほとんどない。
花も他種に比べ小さく、白〜淡紅色を帯びる。
果実には細く長い4刺があり、全幅約20mm。果体はやや縦長で刺は果体より長いことが多い。

ヒシ属の種はどれもみな変異が多く、草体や花での区別は不可能であり、果実で判断するが、それでも同定保留となるものも出てくる。
ヒシ(T. japonica)は果実の全幅3〜5cm、ふつう2刺があるが、脱落した萼片の跡が突起状となることもあり、変異が非常に多い。
オニビシ(T. natans var. japonica)は、果実が大きく全幅45〜75mmで、4個の刺針を持ち、子房突起は果実の肩の高さにとどまる。時にヒシと混生する。
オニビシの変種コオニビシ(var. pumila)は、果実に4刺あるが、全幅は3〜5cmと中型、果実中央の子房突起が突出する。
オニビシの変種とされているが、最近の核形態の研究でヒシとともにヒメビシとオニビシの種間雑種が起源となった可能性が示唆されている。
近似種 : ビシコオニビシオニビシ
「ヒシの実の変異」のページ

■分布:本州、四国、九州 ・ 東アジア
■生育環境:湖沼、溜池、水路など。
■花期:6〜9月
■西宮市内での分布:分布していない。兵庫県下でも数ヵ所で自生が確認できているにすぎない。

Fig.2 分枝した水中茎の先にロゼット状に浮葉をつける。(兵庫県播磨・溜池 2011.9/19)
  水中茎の節からは水中根を出して、同化作用を営む。画像のものでは水中根に軟泥が付着して塊状となっている。

Fig.3 浮葉。(兵庫県播磨・溜池 2011.9/19)
  葉身は3角状菱形〜卵状菱形で、長さ1.5〜3.5cm、幅1〜3cmと小形であり、やや縦長であることが多く、葉身が小形なため鋸歯が粗く見える。

Fig.4 水中から見たロゼット。(兵庫県播磨・溜池 2011.9/19)
  節間の詰まった茎頂部に葉が互生して放射状に広がる。葉柄の中部は肥厚してフロートの役割をする。
  肥厚部は球状に近くふくらむものから、ほとんどふくらまないものまで様々である。
  水中茎や葉裏、葉柄の表面に見える濃緑色毛状のものは毛ではなく、付着藻類である。

Fig.5 ヒメビシの花。(兵庫県播磨・溜池 2011.9/19)
  花上方の葉腋からふつう1花ずつ1日花を開く。花弁は4個で、白色または淡紅色、長楕円形、長さ5〜8mmと小形である。
  雄蕊4個、雌蕊1個で虫媒花である。

Fig.6 果実形成。(兵庫県播磨・溜池 2011.9/19)
  果実は水中で形成され、花柱は小突起となって宿存する。萼片は次第に刺へと変化していくのがわかる。

Fig.7 果実。(兵庫県摂津・溜池 2010.9/7)
  果実には細く長い4刺があり、全幅約20mm。果体はやや縦長で刺は果体より長いことが多い。
  刺針先端には硬い逆刺が両側に並ぶ。この部分が水鳥の羽毛に引っ掛かって果実が他所へと運ばれ分布域を広げる。

Fig.8 葉身が同一サイズのヒシとのロゼット裏面比較。(兵庫県摂津・溜池 2010.9/7)
  ヒシのほうは葉柄肥厚部が未発達で、葉裏に付着藻類も付いておらず、また水中根も見られないため、若いシュートであることがわかる。
  これに対し、ヒメビシの葉柄肥厚部はよく発達し、葉裏や水中茎には付着藻類が着生し、水中根が発達し、充分に成長したシュートであるとわかる。

他地域での生育環境と生態
Fig.9 溜池の中央部に純群落を形成するヒメビシ。(兵庫県播磨・溜池 2011.9/19)
ヒメビシは他に競合する浮葉植物が生育しない溜池では純群落をつくることがあるという。ここのものはその典型例であろう。
池の浅瀬ではマコモが生育し、その根際にはわずかにコバノヒルムシロが生育していた。
村落道端の小さな溜池であるが、ヒメビシやコバノヒルムシロが残る貴重な場所である。

Fig.10 溜池でヒシと混生するヒメビシ。(兵庫県摂津・溜池 2010.9/7)
大きなロゼットを形成しているのがヒシで、それよりもかなり小さなロゼットを形成しているのがヒメビシである。
ヒシ(オニビシも)が混生する溜池ではわずかに水質のバランスが崩れるだけでヒメビシは衰退の一途をたどる。
この溜池の上部にはかつて水田があって、その頃にはヒメビシが繁茂していたが、畑地となって栄養塩類が多く流入するようになり、ヒメビシは衰退傾向にあるという。
ここではヒシが勢力をふるう前に開花・結実し、かろうじて命脈を保っているようである。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
角野康郎, 1994 ヒシ科ヒシ属. 『日本水草図鑑』 128〜131. 文一統合出版
大滝末男, 1980 ヒメビシ. 大滝末男・石戸忠 『日本水生植物図鑑』 62,63. 北隆館
北川政夫, 1982. ヒシ科ヒシ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)
       『日本の野生植物 草本2 離弁花類』 p.262. pls.239. 平凡社
村田源, 2004 ヒシ科ヒシ属. 北村四郎・村田源 『原色日本植物図鑑 草本編(2) 離弁花類』 p.44〜45. pls.12. 保育社
牧野富太郎, 1961 ヒメビシ. 前川文夫・原寛・津山尚(補遺・編) 『牧野 新日本植物図鑑』 423. 北隆館
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. ヒメビシ. 『六甲山地の植物誌』 162. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. ヒメビシ. 『近畿地方植物誌』 64. 大阪自然史センター
荻沼一男・高野温子・角野康郎. 1996. 日本産ヒシ科数種の核形態. 植物分類・地理 47:47〜52.
角野康郎 2003. ヒメビシ. 兵庫県産維管束植物5 ヒシ科. 人と自然14:145. 兵庫県立・人と自然の博物館

最終更新日:27th.Sept.2011

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