ヒシ Trapa japonica  Flerov. ヒシ科 ヒシ属
水生植物 > 浮葉植物
Fig.1 (兵庫県篠山市・溜池 2010.8/23)

Fig.2 (神戸市・溜池 2014.9/27)

湖沼、溜池、よどんだ水路などに生育する1年生の浮葉植物。水深2m以下の水域に生育する。
中〜富栄養な水域に生育し、富栄養化の進んだ溜池では大発生することがある。
4〜5月頃、水底の果実から茎をのばし、最初は浅い欠刻のある狭長楕円形の沈水葉を出し、その後、水面に浮葉を広げる。
水中茎からは植物体を固着するために地中に伸びる根と、茎の各節から葉緑体を持ち、同化作用を行う水中根とが出る。
浮葉はロゼット状に配列し、葉柄は長さ2.5〜18cm、間には気室のある浮嚢があるが、著しく膨らむものからやせているものまで変異に富む。
葉身は三角形で長さ2〜5cm、幅2〜8cm、不整な鋸歯がある。葉身と葉柄の裏面には、ふつう軟毛が見られる。
花は葉腋から伸びた花茎の先に1個つき、1日に1個開花する1日花。
花弁は白色で4個。雄蕊4個で、葯は黄色。雌蕊1個。自家受粉によってもよく結実する。
果実は4個ある萼片のうち2個が発達して刺針となる。時に脱落した2個の萼片痕が突起となることがある。
本種は最近の核形態の研究により、染色体数が2n=96であり、共に2n=48のヒメビシとオニビシの種間雑種が起源となった可能性が示唆されている。

ヒシ属の種はどれもみな変異が多く、草体や花での区別は不可能であり、果実で判断するが、それでも同定保留となるものも出てくる。
オニビシ(T. natans var. japonica)は、果実が大きく全幅45〜75mmで、4個の刺針を持ち、子房突起は果実の肩の高さにとどまる。時にヒシと混生する。
オニビシの変種コオニビシ(var. pumila)は、果実に4刺あるが、全幅は3〜5cmと中型、果実中央の子房突起が突出する。
オニビシの変種とされているが、最近の核形態の研究でヒシとともにヒメビシとオニビシの種間雑種が起源となった可能性が示唆されている。
ヒメビシ(T. incisa)はやや稀。果実は細く長い4刺があり、全幅20mmと小型。果体は縦長で、刺は果体より長いことが多く、ヒシより開花が早い。
近似種 : コオニビシオニビシヒメビシ
「ヒシの実の変異」のページ

■分布:北海道、本州、四国、九州 ・ 東アジア
■生育環境:湖沼、溜池など。
■花期:7〜9月
■西宮市内での分布:北部の少数の溜池で見られる。

Fig.3 開花したヒシ。(西宮市・溜池 2007.8/19)
  花は白色で1日花。花弁は4個。雄蕊4個。

Fig.4 横から見た花。(西宮市・溜池 2007.8/19)
  萼片は4個あり、そのうち外萼片の2個が変形して槍状の刺針となる。
  子房は2室あるが、果実になるのは片方だけである。

Fig.5 水面下で形成された果実。(西宮市・溜池 2007.10/21)
  開花後、花柄は下向きに曲がり、長さ2〜4cmに伸びて水没し、果実を形成する。

Fig.6 典型的なヒシの果実の例。(兵庫県三田市・溜池 2010.12/26)
  ヒシはふつう2個の硬く長い刺針を持つが、変異が多く、多数の突起を生じるものもある。
  ヒシの果実の変異の画像集は「ヒシの実の変異」を参照。

Fig.7 ヒシ属3種の果実比較。(兵庫県稲美町・三田市・宝塚市)
  左からオニビシ、ヒシ、ヒメビシ。それぞれ大きさや刺針の数、果実本体の形態が異なる。
  (ヒメビシの果実はMさんにご提供頂きました。お礼申し上げます。)

Fig.8 ヒシの刺針先端部の逆刺。(兵庫県三田市・溜池 2010.12/26)
  刺針先端には硬い逆刺が両側に並ぶ。この部分が水鳥の羽毛に引っ掛かって果実が他所へと運ばれる。

Fig.9 生育途上の若いヒシ。(西宮市・溜池 2007.5/27)
  この頃の草体はヒメビシに似て紛らわしい。
  ヒシは1日に1枚の葉を中心から出し、1枚の葉の寿命はおよそ1ヶ月であるという。

Fig.10 密生したヒシ。(兵庫県篠山市・溜池 2010.8/23)
  水面が見えないほど密生すると、浮葉は立ち上がる。このような状態のものは開花数が少ない。
  線形の草体はアシカキで、自生地ではヒシを伴うことが多い種である。

Fig.11 秋期に紅葉するヒシ。(西宮市・溜池 2006.10/20)
  花期が終り寒気にあたると、浮葉やフロートは赤紫色を帯びる。

Fig.12 晩秋に紅葉したヒシ群落。(兵庫県加西市・溜池 2008.11/2)
  秋になると紅葉することが多く、この時期になると茎の上部が肥厚してワサビの根のような擬越冬芽を形成する。

Fig.13 ヒシチビゾウムシ (Nanophyes japonicus) (兵庫県・溜池 2009.10/16)
  ヒシの群落が見られる溜池の、ハタベカンガレイの茎上から得られたペア。
  幼虫はヒシのフロート内を食害して、その中で蛹化する。成虫は水面に立ち上がることができ、水面から飛び立てるという。
  他にヒシを食草とする甲虫類にはジュンサイハムシやヒシハムシなどがいる。参照→「ジュンサイ」 Fig.7 ジュンサイハムシ

西宮市内での生育環境と生態
Fig.14 初夏のヒシ群落。(西宮市・溜池 2007.5/27)
抽水状態のヒメガマとともに生育する姿。オオマリコケムシが発生するようなやや富栄養な溜池である。
水中には外来種のコカナダモと少量のイヌタヌキモ、沈水形のヘラオモダカが見られた。

Fig.15 秋のヒシ群落。(西宮市・溜池 2006.10/20)
Fig.7 と同じ池の秋の姿。水面をヒシが埋め尽くしていた。
ヒシの現存量は6月下旬〜7月上旬と10月初旬の年2回のピークがある。盛夏には枯れ死数が多く、夏期の水質の富栄養化の一因となる。

他地域での生育環境と生態
Fig.16 ヒルムシロ、ジュンサイとともに浮葉植物群落を形成するヒシ。(兵庫県篠山市・溜池 2010.8/23)
緩傾斜面に広がる棚田の途中に造営された比較的大規模な溜池に見られた浮葉植物群落。
岸近くにはマコモとガマ、ミソハギ、アシカキの群落が見られ、典型的な中栄養な溜池の植生が見られた。

Fig.17 湛水休耕田に生育するヒシ。(兵庫県篠山市・溜池 2010.7/31)
丹波地方では谷戸際奥にある湛水休耕田にヒシが見られることが多い。
丹波地方にはもともとヒシが生育する溜池が多数存在するが、水鳥も多いために、水鳥がヒシの種子を運んでこのような休耕田で定着していると考えられる。
この休耕田中にはガマ群落が見られ、コナギ、イボクサ、ハリイ、イヌホタルイ、クログワイ、ウリカワ、コウガイゼキショウ、ヤナギスブタ、イヌノヒゲ、
ヒロハイヌノヒゲ、キツネノボタン、アカバナ、ミゾハコベ、ホッスモ、シャジクモなどの水田雑草が豊富であった。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
角野康郎, 1994 ヒシ科ヒシ属. 『日本水草図鑑』 128〜131. 文一統合出版
大滝末男, 1980 ヒシ. 大滝末男・石戸忠 『日本水生植物図鑑』 58,59. 北隆館
北川政夫, 1982. ヒシ科ヒシ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)
       『日本の野生植物 草本2 離弁花類』 p.262. pl.239. 平凡社
村田源, 2004 ヒシ科ヒシ属. 北村四郎・村田源 『原色日本植物図鑑 草本編(2) 離弁花類』 p.44〜45. pl.12. 保育社
牧野富太郎, 1961 ヒシ. 前川文夫・原寛・津山尚(補遺・編) 『牧野 新日本植物図鑑』 422. 北隆館
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. ヒシ. 『六甲山地の植物誌』 162. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. ヒシ. 『近畿地方植物誌』 64. 大阪自然史センター
土谷岳令. 1983. 霞ヶ浦・高浜入の物質収支におけるヒシ群落の役割. 水草研究会会報 13:6〜8.
林浩二. 1984. ヒシの出葉速度の規則性とそれを利用した生活史の解析(要旨). 水草研究会会報 17:7.
中井三従美. 1988. 愛知県知多半島とその周辺のヒシ属の果実形態について. 水草研究会会報 31:1〜6.
荻沼一男・高野温子・角野康郎. 1996. 日本産ヒシ科数種の核形態. 植物分類・地理 47:47〜52.
角野康郎 2003. ヒシ. 兵庫県産維管束植物5 ヒシ科. 人と自然14:145. 兵庫県立・人と自然の博物館
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森本桂, 1984. ホソクチゾウムシ科.林匡夫・森本桂・木元新作(編) 『原色日本甲虫図鑑(W)』 pl.52. p.265〜268. 保育社
沢田佳久. 2001. ヒシチビゾウ. 暫定チビゾウ図鑑.  WEBサイト

最終更新日:4th.Nov.2014

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