ミズタガラシ Cardamine lyrata  Bunge. アブラナ科 タネツケバナ属
湿生〜抽水植物
Fig.1 (兵庫県篠山市・小河川 2008.5/4)
Fig.2 (兵庫県篠山市・用水路 2008.5/8)

Fig.3 (滋賀県・湧水河川 2011.9/27)

主に湧水のある小河川や用水路、池畔などの湿地に稀産する多年草。
除草剤の使用や圃場整備、護岸工事などで減少した。以前は湿田などでも見られたらしいが、現在では見られない。
全草無毛で、有花茎は直立し、高さ20〜50cm。
根生葉は羽状裂葉で頂小片は側小片よりも著しく大きく、腎円形〜心形または円形〜卵円形、波状の浅い鋸歯があり、幅6〜20mm。
側小片はふつう3〜7対で楕円形〜卵形で、全縁または波状の浅い鋸歯がある。
側小片の最基部側の1対はやや小さく、茎に接してつく。これは他のタネツケバナ属植物にはない特徴である。
花は花茎上部の葉腋から3〜5個つき、白色で径約1cm。雄蕊は6個あり、うち内側の4個は長い(4強雄蕊)。
花序は開花とともに伸び、果実期には長さ10〜20cmになる。
花後、花序の下方から上方へ、長さ1〜2.5cmの花柄を斜上、またはやや直立して、長さ2〜3cm、幅約2mmの、
扁平で少し湾曲した長角果をつける。
花茎を上げないものは、根際より匍匐枝を、花茎を上げたものは花後に花茎の下部から匍匐枝を出す。
匍匐枝は長く地表を這い、節から発根し、匍匐枝につく羽状裂葉の頂小片はやや円形、頂小片だけの単葉も多い。
寒冷な地域では、根茎か種子で越冬するが、温暖な地域では小さなロゼット状の根生葉で越冬する。
また、湧水のある河川では、水中で根生葉を出して越冬する。
水中で沈水状態で生育するものは、ときとして淡紅色を帯びるものがある。

小河川などでは、同様の環境を好むオランダガラシ(クレソン)の進出が脅威となる。
実際にそのような自生地は多く、今後も観察を続けながら見守っていきたい。

ミズタガラシはカーナミン(本カーナミン)の名称で観賞用の水草として、沈水形の匍匐枝が売られており、水槽内でよく殖える。
また、葉形が似たウォーター・カーナミンLindernia anagallis)も流通しているが、こちらは東南アジア原産の
ゴマノハグサ科アゼナ属の水田雑草である。

近似種 : オオバタネツケバナニシノオオタネツケバナオランダガラシ(クレソン)ミズタネツケバナタネツケバナ

■分布:本州、四国、九州 ・ 朝鮮半島、中国、東部シベリア
■生育環境:湧水のある小河川、用水路、池畔など。
■花期:4〜5月
■西宮市内での分布:市内では見られない。生育環境の改変や悪化で全国的に減少傾向にあり、県内でも自生地は少ない。

Fig.4 開花しはじめたミズタガラシの花。(兵庫県篠山市・小河川 2008.5/4)
  花は径約1cm以上でアブラナより少し小さい程度。花弁は倒卵形で4個、長さ8〜10mm。花弁の中央脈は溝状となり目立つ。
  花序で開花中の花の数は多いが、受粉可能な花は少ない。花柱が赤紫色を帯びたものは受粉を完了したもので、蜜も分泌しない。

Fig.5 訪花したベニシジミ。(兵庫県篠山市・用水路 2008.5/8)
  昆虫類の眼にはミズタガラシの白色の花弁はどのように映っているのだろうか?
  ベニシジミが多く、ほかにはヒメウラナミジャノメも訪花していた。

Fig.6 ミズタガラシの花に集まったヒゲナガハナノミ。(兵庫県篠山市・用水路 2008.5/8)
  こちらでは花粉を食事しながら、求愛が繰り広げられている。画像に見えるのはヒゲナガハナノミの♂で、♀の体色は黒い。
  ヒゲナガハナノミの幼虫は水中生活をしているが、詳しい生態や生活史は明らかになっていない。
  ※ヒゲナガハナノミについては、「不明幼虫問い合わせのための画像掲示板」で、一寸野虫さんとくまじろうさんのお世話になりました。
   どうもありがとうございました。

Fig.7 茎を直立させる抽水状態の群落。(兵庫県篠山市・小河川 2008.4/21)
  サクラの花が散る頃、ロゼットから茎を立ち上げるものが目立ち始める。
  ミズタガラシはタネツケバナ属の中では、茎を直立させる傾向が最も強く、開花前は分枝はほとんどしない。
  (栄養条件のよい個体では、茎の基部から側枝を出すものもある。)
  河川や水路などでは流水に浸かって倒れ込むものが多いが、倒れ込んだ先から茎を再び直立させる。
  この画像の群落はFig,16 のものが生育したものである。

Fig.8 茎を直立させる抽水状態の群落。(兵庫県篠山市・用水路 2008.5/8)
  主茎が開花しはじめると、葉腋から分枝する。

Fig.9 直立する太い茎。(兵庫県篠山市・小河川 2008.4/21)
  茎はやや堅く、5稜あり、太いものでは径7mm、無毛。稜はときに翼状に張り出す。表面は平滑だが光沢はない。
  茎の下部は節から発根し、うっすらと暗紫色を帯びるものが多い。
  茎と葉の分岐部には小ぶりの側小片が見える。

Fig.10 茎の横断面。(篠山市・小河川 2008.4/21)
  茎には明瞭な5稜があり、稜角が翼状となるものもある。中心部は中空で、外側の表皮系組織は厚い。

Fig.11 茎下部の葉身。(兵庫県篠山市・小河川 2008.4/21)
  頭大羽状裂葉で無毛。質はタネツケバナ属のほうでは厚いほうである。
  頂小片は卵円形で浅い波状の鋸歯があり、基部は浅い心形で、長さは側小片のおよそ2倍長。
  側小片は楕円形〜卵形で、ほとんどのものに浅い波状の鋸歯がある。
  葉の基部には1対のやや小さな側小片がつき、長卵形であることが多い。
  裂葉最基部に茎に接して側小片がつくことから、葉柄はないことになり、他のタネツケバナ属とのよい区別点となる。
  オランダガラシにも茎に接してつくような側小片はなく、ミズタガラシの決定的な特徴だと思われる。
  裂葉中軸はくぼみ、ときにわずかに暗紫色を帯びる。

Fig.12 茎上部の葉身。(兵庫県篠山市・用水路 2008.5/8)
  茎上部につく葉は極端に小さく、葉身は茎に沿って上に伸びる。

Fig.13 ミズタガラシの葉のバリエーション。(兵庫県篠山市・小河川 2008.4/21)
  右に向かうほど茎の基部に近づく。最右のものは越冬した根生葉。
  側小片は同所的に見られるオオバタネツケバナやミズタネツケバナなどよりはるかに多く、3〜7対つく。
  また、葉面にはオランダガラシのような光沢はなく、葉身は花茎上部では極端に小さくなる。
  裂葉中軸の最下端まで側小片がつく。

Fig.14 花後の未熟な果実(左)と長角果の拡大(右)。(滋賀県・後背湿地 2009.6/11)
  長角果は扁平で多少とも湾曲し、稜上には突起(矢印)が並ぶ。

Fig.15 花後、茎下部の葉腋から匍匐枝が生じる。(兵庫県篠山市・小河川 2008.6/4)

Fig.16 花後、匍匐枝を多数出して、秋にはヨシ原の根際をすっかり覆いつくしたミズタガラシ。(滋賀県市・池畔 2007.11/8)
  匍匐枝を出すのはタネツケバナ属中、ミズタガラシだけが持つ特性で、この頃の個体は容易に区別がつく。

Fig.17 湧水のある河川では匍匐枝を伸ばして水中に繁る。(兵庫県篠山市・小河川 2007.10/7)
  沈水葉は頂小片が著しく大きく、腎円形。側小片は非常に小さく、1対または全く欠く。
  匍匐枝は節からよく発根し、水底に定着し、先端に新たな株をつくる。

Fig.18 抽水〜沈水状態でロゼットを形成して越冬するもの。(兵庫県篠山市・小河川 2007.12/23)
  ロゼットの頂小片は側小片と比較すると著しく大きく、波状縁をもつ腎円形となる。
  冬期には匍匐枝は消失する。

生育環境と生態
Fig.19 湧水のある河川で半ば沈水状態で越冬するミズタガラシ。(兵庫県篠山市 2007.12/23)
淡紅色を帯びた草体が見られる。

Fig.20 河川敷の湧水の脇で生育するミズタガラシ。(兵庫県篠山市 2008.5/4)
太い茎を直立させて大きな花を総状につける様子は、堤防からでもよく目立つ。
周辺にはナガエミクリ、オランダガラシ、オオバタネツケバナ、ツルヨシ、セリなどが生育している。

Fig.21 用水路で生育するミズタガラシ。(兵庫県篠山市 2008.5/4)
素掘りの小さな用水路を埋めて開花していた。花は他のタネツケバナ属のものよりも大きいので、群生すると遠くからでもよく目立つ。
用水路内には他にアゼスゲ、クサヨシ、オヘビイチゴ、ヤマヌカボなどが混生している。

Fig.22 湧水河川のミクリ群落中に生育するミズタガラシ。(滋賀県・湧水河川 2011.9/27)
澄んだ湧水の流れる緩やかな流れの小河川にミクリ群落が発達し、そのところどころにミズタガラシが生育していた。
小河川内にはオランダガラシやオオフサモなどの外来種も見られたが、ここではミズタガラシの勢力が強いようであった。
水面に匍匐枝を浮かべ、湧水で水温が低いためか草体は紫紅色を帯びている。

Fig.23 休耕田に生育するミズタガラシ。(滋賀県・休耕田 2011.9/27)
地下水位の高い地域にある湛水状態の休耕田で、匍匐枝を四方に伸ばして地表を覆うミズタガラシが見られた。
休耕田内にはキクモ、ミズワラビ、アゼトウガラシ、イボクサ、チョウジタデ、ヒメミソハギ、キカシグサ、クログワイ、イヌホタルイ、
ヒデリコ、マツバイ、イヌビエ、チゴザサ、ヌカキビ、イチョウウキゴケ、オオアカウキクサなどの水田雑草が繁茂している。
休耕田でのミズタガラシの生育範囲は広く、初夏の頃にはミズタガラシのお花畑が見られるだろう。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
北川政夫, 1982. アブラナ科タネツケバナ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)
       『日本の野生植物 草本2 離弁花類』 p.130〜132. pls.126〜128. 平凡社
北村四郎・村田源, 2004. アブラナ科タネツケバナ属. 『原色日本植物図鑑 草本編(2) 離弁花類』 p.173〜176. pls.41. 保育社
牧野富太郎, 1961 ミズタガラシ. 前川文夫・原寛・津山尚(補遺・編) 『牧野 新日本植物図鑑』 211. 北隆館
大滝末男, 1980. ミズタガラシ. 大滝末男・石戸忠 『日本水生植物図鑑』 78〜79. 北隆館
長田武正・長田喜美子, 1984. アブラナ科タネツケバナ属. 『野草図鑑 8 はこべの巻』 19〜29. 保育社
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. ミズタガラシ. 『六甲山地の植物誌』 129. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. ミズタガラシ. 『近畿地方植物誌』 102. 大阪自然史センター
黒崎史平 2001. ミズタガラシ. 兵庫県産維管束植物3 アブラナ科. 人と自然12:158. 兵庫県立・人と自然の博物館

最終更新日:22nd.Nov.2011

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