オオバタネツケバナ Cardamine scutata  Thunb. アブラナ科 タネツケバナ属
湿生植物
Fig.1 (西宮市・渓流 2006.4/20)
Fig.2 (篠山市・用水路脇 2006.4/13)

丘陵部〜低山にかけての礫混じりの渓流畔や湿った林縁などに生育する多年草。
里山に多いが、タネツケバナほど人為的影響を受ける場所では見られない。
タネツケバナとともに混生することはあるが、タネツケバナよりも若干半日陰の場所を好む傾向がある。
茎は高さ20〜40cm、全草ほとんど無毛または茎に非常に疎らな毛が見られ、タネツケバナよりもみずみずしい感じを受ける。
茎につく葉は羽状裂葉で頂小片は大きく、波型の浅い鋸歯があり、側小片は1〜4対で全縁。各小片は翼でつながる。
根生葉の頂小片は卵円形〜円形、中央脈の他に、左右の2脈が比較的スムースな弧をなして目立ち、側小片は中央脈のみが目立つ。
花弁は長さ約4mmで、タネツケバナよりもやや大きい。
長角果は長さ1.5〜2.5cm。

本種はタネツケバナと同様に食用となるが、タネツケバナより柔らかく、辛味もソフトで美味。
愛媛県では「テイレギ」と称し、刺身のつまとして殿様に献上されていたことがあり、かつての自生地の面影の残る「高井の里」のものは
松山市指定の天然記念物として保護されている。
現在でも松山や広島県呉市周辺では、刺身のつまとして利用されているようである。

似た環境に生育する近似種にニシノオオタネツケバナC. dentipetala var. longifructus)がある。
オオバタネツケバナよりも、草体、花ともにやや大型で、花茎は開花期後半では直立し、側小片には粗い鋸歯がある。
根生葉の頂小片はかなり大きく腎形〜心形、または円形で粗い鋸歯がある。
河畔にも生えるが、水際よりも湿った半日陰の環境でよく見られる。
また、本州の山地には、よく似たオクヤマガラシ(C. torrentis)(本ページ末尾の参考画像参照)が、
四国、九州の山地にはタカチホガラシ(C. yezoensis var. kiusiana)が自生する。
近似種 : ミズタネツケバナニシノオオタネツケバナオランダガラシ(クレソン)タネツケバナタチタネツケバナミズタガラシ
ミチタネツケバナジャニンジンマルバコンロンソウオオマルバコンロンソウ

■分布:北海道、本州、四国、九州 ・ 朝鮮半島、千島、樺太、アリューシャン、満州、オホーツク沿岸、ウスリー
■生育環境:丘陵部〜山地にかけての渓流、棚田脇の細流などに見られる。低地でも湧水起源の河川の岸辺に自生することがある。
■花期:3〜6月
■西宮市内での分布:主に里山の棚田の細流に見られる。同所的に見られるニシノオオタネツケバナよりもやや少ない。

Fig.3 上方から見た花序。(西宮市・渓流 2006.4/20)
  花後の長角果も無毛。

Fig.4 Fig.2 の拡大。(西宮市・渓流 2006.4/20)
  雄蕊は普通6個で、ときに5個本。うち4個は長く、このような雄蕊は「4強雄蕊」と呼ばれる。

Fig.5 オオバタネツケバナの長角果。(兵庫県篠山市・渓流畔 2008.5/8)
  長角果は長さ1.5〜2.5cmで線形、ほとんど曲がらない。果柄は外に広がることが多い。

Fig.6 茎についた葉の葉身。(西宮市・渓流 2006.4/20)
  奇数羽状裂葉で頂小片は大きく波状の浅い鋸歯があり、側小片は全縁。各裂片の下部は翼となり主脈を囲む。

Fig.7 オオバタネツケバナの葉のバリエーション。(兵庫県篠山市・渓流 2008.4/20)
  右に向かうほど茎の基部に近づく。
  茎につく葉では側小片の数は1〜4対と少なく、対生はほとんど乱れない。
  頂小片には変化が見られるが、側小片はほとんど全縁である。

Fig.8 冬期のロゼット。(兵庫県篠山市・渓流畔 2009.1/8)
  平坦な場所では端正なロゼットをつくるが、微地形にあわせてロゼットは崩れやすい。冬期の根生葉の頂小片は大きく、腎円形〜円形。
  側小片は開花期のものに較べて幅が広く広卵形または偏円形、葉縁は浅い欠刻を持つ波状縁で短い柄がある。
  ニシノオオタネツケバナのロゼットに似るが、葉の質は軟弱で、無毛、側小片は2〜4対である。

Fig.9 岩上で越冬中のもの。(西宮市・渓流 2008.2/7)
  土壌自体が少なく、栄養分も少ないためか、根生葉の数も少数である。
  落ち葉の積もらない、吹きさらしの岩上であるため寒気を浴びて赤紫色を帯びている。

Fig.10 沈水状態の越冬ロゼット。(兵庫県篠山市・湧水池 2009.1/8)
  各小片の外縁は多少外側に反り、裂葉中軸は長く伸びる。
  手前の黄緑色の小さめの草体はオランダガラシの幼苗。

Fig.11 花茎をあげはじめたオオバタネツケバナ。(兵庫県篠山市・河川敷 2008.3/25)
  タネツケバナのように、花茎をあげはじめるとロゼットは形を崩しはじめ、側小片は全縁で少し細身になる。

Fig.12 抽水状態のオオバタネツケバナ。(兵庫県篠山市・河川敷 2008.4/13)
  抽水状態では、葉は水から逃れるように直立しようとする傾向が強い。

Fig.13 古い苔むした用水路内で開花しはじめたオオバタネツケバナ。(兵庫県篠山市・用水路 2008.4/13)
  この個体は側小片に波状の浅い鋸歯が見られるものが多かった。
  ニシノオオタネツケバナと非常によく似ているが、葉の質が厚いこと、側小片に全縁のものがあること、花が小さいこと、
  水流の間際に生育していることなどからオオバタネツケバナであると判断できる。

西宮市内での生育環境と生態
Fig.14 渓流畔にしがみつくように群生するオオバタネツケバナ。(西宮市・渓流 2008.4/8)
この流れにはキシュウスズメノヒエやオランダガラシなどの外来種が優占するが、所々にオオバタネツケバナの群生が見られる。
かなり早い流水の中でも花茎を立ち上げて開花する。
付近にはオオバタネツケバナの他に、タネツケバナ、ミズタネツケバナ、ニシノオオタネツケバナ、ミチタネツケバナも見られ、
慣れないうちは判別に困るだろう。

Fig.15 河川の護岸に生育するオオバタネツケバナ。(西宮市・河川 2010.4/13)
棚田の広がる田園の河川の湧水のしたたる護岸に多数生育していた。河川敷ではニシノオオタネツケバナと混生している。
市内ではオオバタネツケバナとニシノオオタネツケバナが混生する場所があるが、交雑したと見られる個体は今のところ発見していない。

他地域での生育環境と生態
Fig.16 湧水池で沈水状態で群生するオオバタネツケバナ。(兵庫県丹波市・湧水池 2009.3/10)
寺院参堂横にある石垣で囲まれた湧水池の底に沈水状態で多数の株が群生し、見事な眺めだった。
この池にはオオバタネツケバナのみが見られ、近くの渓流ではオオバタネツケバナが多産する。

参考画像----------オクヤマガラシ----------
Fig.17 オクヤマガラシ   Cardamine torrentis Nakai
(岐阜県中津川市・渓流 2005.6/7)
本州中部と関東北部の山地〜亜高山帯の渓流沿いや湿地などに生育する。
茎の高さ15〜40cmで、葉は奇数羽状裂葉で、頂小片が側小片よりわずかに大きく、両片ともに波状の粗い鋸歯がある。
花はオオバタネツケバナよりもやや大きく、花弁の長さ5〜6mm、長角果はオオバタネツケバナの1.5倍長(2.5〜3.5mm)。
web上の情報によると、乗鞍高原では食用としての栽培をはじめたようである。
在来の野草から新たに食材が生まれ、食卓にのぼるのは嬉しいことだ。
四国と九州の山地にはよく似たタカチホガラシ(C. yezoensis var. kiusiana)が生え、側小片に柄がある。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
清水建美, 1982. アブラナ科タネツケバナ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)
       『日本の野生植物 草本2 離弁花類』 p.130〜132. pls.126〜128. 平凡社
吉田多美枝・城川四郎. 2001. タネツケバナ属. 神奈川県植物誌調査会(編)『神奈川県植物誌 2001』 770〜773. 神奈川県立生命の星・地球博物館
北村四郎・村田源, 2004. アブラナ科タネツケバナ属. 『原色日本植物図鑑 草本編(2) 離弁花類』 p.173〜176. pls.41. 保育社
牧野富太郎, 1961 オオバタネツケバナ. 前川文夫・原寛・津山尚(補遺・編) 『牧野 新日本植物図鑑』 211. 北隆館
長田武正・長田喜美子, 1984. アブラナ科タネツケバナ属. 『野草図鑑 8 はこべの巻』 19〜29. 保育社
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. オオバタネツケバナ. 『六甲山地の植物誌』 129. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. オオバタネツケバナ. 『近畿地方植物誌』 102. 大阪自然史センター
黒崎史平. 1994. 兵庫県産のタネツケバナ属(アブラナ科). 兵庫の植物 4:43〜52. 兵庫県植物誌研究会
黒崎史平・高野温子・土屋和三 2001. オオバタネツケバナ. 兵庫県産維管束植物3 アブラナ科. 人と自然12:158. 兵庫県立・人と自然の博物館



最終更新日:18th.Jun.2011
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