ヒロハイヌノヒゲ (ヒロハノイヌノヒゲ) | Eriocaulon robustius (Maxim.) Makino. | ホシクサ科 ホシクサ属 合生萼節 |
湿生植物 |
Fig.1 (西宮市・溜池畔 2006.9/24) |
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Fig.2 (兵庫県丹波市・刈り取り後の水田 2010.9/27) 湿地や溜池畔、水田、休耕田などに生える無茎の1年草。 葉はロゼット状に束生し、線状披針形で長さ9〜17cm。先端はやや鈍形で、9〜17脈の格子状。 花茎を多数あげ、高さ5〜20cm、5肋あり、少しねじれる。 頭花は半球形で、径7〜9mmで、多数の花からなる。 総苞片は卵状長楕円形で鈍頭。普通、頭花よりも短い。 花は雄花と雌花があり、花苞に短毛が、また、雌花弁の内側には白色長毛が生える。 なお、頭花が黒化したものは変種のクロヒロハイヌノヒゲとされるが、詳細は不明。 なお、「日本の野生植物 T 平凡社刊」では、雌花の萼の記述に「内面に長毛があり」とあるが、 市内産、滋賀県産ともに長毛は見られなかった。 ホシクサ科の植物は、これといった遠距離への種子飛散の方法がないため、個体群差があるようで、この程度の文献との差異は、 地域的変異と見なしてよいと思う。 近似種 : ツクシクロイヌノヒゲ、 ツクシクロイヌノヒゲ その2、 イヌノヒゲ、 ニッポンイヌノヒゲ、 ホシクサ、 クロホシクサ、 ゴマシオホシクサ ■分布:本州、沖縄 ■生育環境:水田とその周辺の湿地など。 ■花期:8〜10月 ■西宮市内での分布:市内では1ヶ所の溜池畔で群生が見られるほかは、管理休耕田で散発的に発生を見るだけで稀。 |
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↑Fig.3 市内の管理休耕田で散発的に発生した個体。(西宮市・休耕田 2006.9/22) 毎年必ず見られるわけではなく、全く見られない年もある。 管理休耕田では、はびこる雑草対策として、ときおり耕起されるので、その際に土中にある埋土種子が目覚めて発芽するのだろう。 |
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↑Fig.4 根生葉の間から、高さ5〜20cm程の花茎を多数あげて開花する。(西宮市・溜池畔 2006.9/24) 頭花は半球状で径7〜9mm。総苞片は頭花よりも短い。 |
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↑Fig.5 ヒロハイヌノヒゲの頭花の構造。(滋賀県・水田 2006.11/8) 開花期には、雄蕊の黒色の葯のほか、3岐する雌蕊の柱頭と、開いた雌花弁先端部の黒腺が良く目立つ。 頭花全体を包む総苞片は卵状長楕円形で鈍頭。 雄花、雌花ともに1個の花苞に包まれる。頭花中心部は開花していないので花苞が目立つ。 |
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↑Fig.6 花苞。(滋賀県・水田 2006.11/8) 花苞は倒卵状くさび形で、先端は鈍頭。長さ1.5〜1.8mm。上半が淡黄褐色。上部の背と先端に短い毛が生える。 |
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↑Fig.7 雄花。長さ1.5〜1.8mm。(滋賀県・水田 2006.11/8) 左:萼は仏炎苞状に合着し、雄花を包む。萼は先端は3裂する。 雄蕊の葯は黒色円形で、花糸は根元に向かって膨らむ。画像では葯が開いて花粉塊が見える。 右:萼を開いてあらわれた雄花。中部から上が3裂し、下部は筒状に合着する。葯は黒色円形。 裂片の内側先端に黒腺があり、透けて見える。 |
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↑Fig.8 雌花。長さは雄花と同長。(滋賀県・水田 2006.11/8) 萼から引き出して展開させた雌花。萼は仏炎苞状に合着。 花弁は3個離生して付く。子房(刮ハ)は3室。 画像では分岐が重なって解り辛いが、雌蕊の柱頭は3岐する。 |
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↑Fig.9 雌花の萼(左)と内側から見た雌花弁(右)。(滋賀県・水田 2006.11/8) 萼の内側の画像。萼の先端は浅く3裂する。文献に記載された長毛は見当たらない。 花弁は長楕円状披針形で鈍頭。花弁内側には白色長毛が生え、先端には黒腺がある。 |
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↑Fig.10 西宮市産ヒロハイヌノヒゲの果実形成期の雌花(左)と雌花弁(右)。(西宮市・溜池畔 2007.10/25) 左:3個離生して付く花弁と、刮ハが3室あるのがよく判る。花柱は刮ハより少し短い。萼片内側には長毛はなかった。 右:花弁内側。西宮市産のものは白色長毛が多く、黒腺が小さい。 |
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↑Fig.11 総苞片の変異。(兵庫県宍粟市・休耕田 2009.9/26) ホシクサ科植物には変異が多く、また種間雑種を作るものも多い。画像のものは総苞片が頭花よりも長く目立つもの。 ニッポンイヌノヒゲとの雑種というよりは、総苞片の先が鈍頭ということもあってヒロハイヌノヒゲの変異の範疇だと思われる。 |
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↑Fig.12 果実期のヒロハイヌノヒゲ。(西宮市・溜池畔 2007.10/25) この時期になると、中心の1本の花茎が直立するほかは、放射状に花茎を倒すことが多い。 株の周辺に種子を散らして少しづつ分布域を広げていくのだろう。 ホシクサ属の合生萼節では、こういった傾向が強い。 |
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↑Fig.13 果実期の全草の様子。(西宮市・溜池畔 2007.10/25) 頭花を解体すると、すでにほとんどの種子が成熟するか、成熟間近だった。 |
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↑Fig.14 葉は線状披針形で、長さ9〜17cm。画像では長さ9cm。(西宮市・溜池畔 2007.10/25) 葉の中部付近の葉幅は約5mm。9〜17脈の格子状。先端はやや鈍形。 下の葉身の拡大画像は葉裏の様子。裏面では脈がはっきりするが、気孔列が目立ち格子模様は不鮮明となる。 画像のものは10脈ある。 |
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↑Fig.15 上:花茎は5肋あり、少しねじれる。(西宮市・溜池畔 2007.10/25) 下:鞘は円筒形で短い斜め切形で終わり、口部の先端と外縁は膜質半透明となる。 |
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↑Fig.16 種子は長楕円形で長さ0.6〜0.8mm。(西宮市・溜池畔 2007.10/25) 表面にはやや横長の6角形の網目模様があり、画像からは解りづらいが、 微小な鉤毛が一定の間隔を置いて、縦方向にまばらに並んでいる。 |
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↑Fig.17 成長期のヒロハイヌノヒゲ。(西宮市・溜池畔 2006.8/27) 葉は線状披針形で、他種と比較してよじれは少ないほうで、端整な姿をしている。 しかし、この時期に種を同定するのはほとんど不可能。 |
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↑Fig.18 休耕田で生育中のヒロハイヌノヒゲ。(西宮市・休耕田 2008.7/7) 休耕田で生育するものは草体が大きくなる。 管理休耕田で生育中のこの個体も、やがては雑草対策のため耕起されてしまうため、現在保護育成中である。。 |
西宮市内での生育環境と生態 |
Fig.19 溜池畔の裸地に群生するヒロハイヌノヒゲ。(西宮市・溜池畔 2006.9/24) 市内で唯一安定した群落の見られる場所で、人がほとんど訪れることもない山間の小さな溜池。 他の植生は乏しく、アリノトウグサ、コケオトギリ、アオコウガイゼキショウ、アブラガヤ、ハリイなどが混じる程度である。 |
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Fig.20 管理休耕田で散発的に発生したヒロハイヌノヒゲ。(西宮市・休耕田 2006.9/22) 二次的自然度が高い地域の管理休耕田では、耕起によって地中のシードバンクから目覚めた、稀な水田雑草が出現することがある。 この管理休耕田では、雑草対策として、年に数度の耕起が行われている。 キカシグサ、マツバイ、コナギ、イボクサ、イヌホタルイ、ハナビゼキショウ、テンツキ類の多い休耕田だが、 これまで、サワトウガラシ、アブノメ、ヒロハイヌノヒゲなど、市内では稀な部類の水田雑草が出現した。 |
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Fig.21 果実期の自生地の様子。(西宮市・溜池畔 2007.10/25) ヒロハイヌノヒゲとともに混生している、卵形の葉を対生する小型の草体はアリノトウグサ。 市内で唯一安定した生育が確認できるこの場所も、隣接した建設会社の資材置き場からの土砂の流入によって、 溜池の水域が狭くなり、特に流入部付近の本来の土壌が土砂に埋まり、今後の推移によってはヒロハイヌノヒゲの自生区域にも 影響を及ぼしかねない。 将来的には保全を考慮した何らかの対策が必要であると思われる。 |
他地域での生育環境と生態 |
Fig.22 刈り取り後の湿田でみられたヒロハイヌノヒゲ。(滋賀県・水田 2007.11/4) クログワイ群落の隙間に、数十株が生育していた。 同所的にヒロハノスズメノトウガラシ、ウリカワ、キクモ、トキンソウ、ハリイ、ヒナガヤツリ、ハイヌメリグサが生育。 また、水田にはめずらしくイヌノヒゲも見られた。 |
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Fig.23 湛水状態の休耕田で生育するヒロハイヌノヒゲ。(兵庫県篠山市・休耕田 2009.10/13) 溜池直下にある湛水状態の休耕田内に生育しているもの。 周辺部はシカの食害の激しい地域で、ヒロハイヌノヒゲも根生葉の多くの部分を食害されているが、花茎はあまり食害を受けていない。 頭花にシカが忌避する物質でも含まれているのか、食感が悪くて食べる気が起こらないのか不明だが、この様子であれば次年もヒロハイヌノヒゲが見られるだろう。 休耕田内にはホッスモ、ヤナギスブタ、シャジクモ、ウリカワ、コナギ、ヘラオモダカ、コケオトギリ、アゼナ、アゼトウガラシ、ハリイ、イヌホタルイ、 マツバイ、コウガイゼキショウ、ハナビゼキショウ、キツネノボタン、イボクサ、チゴザサ、ハイヌメリなどが生育していた。 |
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【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や学会誌。) 佐竹義輔, ホシクサ科. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)『日本の野生植物 草本T 単子葉類』 75〜84 平凡社 村田源, 2004 ホシクサ科. 北村四郎・村田源・小山鐡夫 『原色日本植物図鑑 草本編(3) 単子葉類』 p.175〜185. pl.48. 保育社 大滝末男, ヒロハイヌノヒゲ. 大滝末男・石戸忠 『日本水生植物図鑑』 126〜127 北隆館 小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. ヒロハイヌノヒゲ. 『六甲山地の植物誌』 223. (財)神戸市公園緑化協会 村田源. 2004. ヒロハイノヌノヒゲ. 『近畿地方植物誌』 150. 大阪自然史センター 高田順, 1996 ホシクサ属数種の種子形態(1). 水草研究会会報 58:18〜24 高田順, 1998 ホシクサ属数種の種子形態(2). 水草研究会会報 63:29〜34 高田順, 2000 ホシクサ属数種の種子形態(3). 水草研究会会報 69:22〜34 高田順, 2001 ホシクサ属数種の種子形態(4). 水草研究会会報 72:17〜23 矢内正弘. 2008. 県内のホシクサ科植物について. 兵庫植物誌研究会会報 75:1〜3 松岡成久・丸岡道行. 2010. 千種町山間部の水田に見られた水田雑草. 兵庫県植物誌研究会会報 82:4 橋本光政・宮本太・高橋晃 2007. ヒロハイヌノヒゲ. 兵庫県産維管束植物9 ホシクサ科. 人と自然19:116. 兵庫県立・人と自然の博物館 最終更新日:14th.Jan.2011 |