アイフユノハナワラビ(雑種) | Botrychium japonicum × ternatum | ||
里山・草地・林縁・林床のシダ | ハナヤスリ科 ハナワラビ属 |
Fig.1 (神戸市・山裾の草地斜面 2014.12/19) ふつう林縁や疎林の林床などの半日陰的で肥沃な場所に見られるが、山間棚田の土手や畦、丘陵地の向陽な草地などにも出現する冬緑性シダ。 オオハナワラビとフユノハナワラビの推定種間雑種であることから、両種の混生地に現れるとされるが、本雑種のみが生育する例がある。 混生地においても浸透交雑が起こっているとしか考えられないほど、両親種との中間的な様々な形質が現れる。 胞子の捻性も個体ごとに微妙に異なり、大半が凹んで不稔と考えられるものや、内部が空洞のものが混じったり、粒の大きさが不揃いだったり、 あるいはほとんど正常でわずかに不稔と見られるものが混じる程度と様々である。 これまでフユノハナワラビと思われていたものの多くが、本雑種の範疇に入り、純粋なフユノハナワラビはごく少数ではないかと考えている。 栄養葉が変異に富むフユノハナワラビの集団は要注意であり、胞子に不稔のものが混じっていないか調べる必要があるだろう。 栄養葉には両親種の中間的な形状の個体はあるが、多くは典型をなさず、羽片の切れ込み方は様々で、裂片の鋸歯も鋭頭〜鈍頭と様々である。 栄養葉の葉柄には早落性の軟毛が生えているものが多いが、ときに春先まで軟毛が残っている個体もある。 栄養葉の見た目はフユノハナワラビのように見えるが、不稔と見られる胞子が半数を超えるものも見られる。 大型の成熟個体は草体に較べて、胞子葉の葉身が大きくなる傾向が見られ、また時に複数の胞子葉を担葉体から出すことがある。 向陽地で寒風に晒されるものはオオハナワラビの形質を受けて暗赤紫色を帯びる傾向が見られるが、浸透交雑が起こっている場合は安易に断定できない。 胞子放出後の胞子葉は小型の個体では倒伏するが、成熟個体では胞子葉の柄は直立したままで、胞子葉の葉身部分が枯死する。 胞子はオオハナワラビの形質である突起はほとんど見られず、表面に粗い網目があって、見かけ上平滑に見えるものがほとんどである。 アイフユノハナワラビの単独集団と思われる場合であっても、アカハナワラビやモトマチハナワラビの影響を明らかに受けている個体も見られることがある。 ハナワラビ属は容易に交雑するものとして、慎重に見極める必要があるだろう。 これまで兵庫県の西宮市北部から神戸市北区にかけて調べたところ、純粋なフユノハナワラビと考えられるものは見られず、全てアイフユノハナワラビの範疇に入るものだった。 フユノハナワラビ(B. ternatum)は裂片の鋸歯が鈍頭。胞子葉は胞子散布後に枯死する。本雑種との境界は非常に微妙で再検討の必要がある。 アカハナワラビ(B. nipponicum)は向陽の林下に生育し、栄養葉の羽片の頂片は鋭頭、裂片は鋭鋸歯縁、胞子葉は胞子散布後に枯死する。ふつう冬季に紅変が著しい。 オオハナワラビ(B. japonicum)は日陰〜半日陰の林下に生育し、栄養葉の裂片は狭楕円形、鋭頭〜やや鋭尖頭、鋭鋸歯縁〜波状縁。 胞子葉は胞子散布後も残る。 ヤマハナワラビ(B. multifidum)は本州中部以北の向陽の山地に生育し、栄養葉の羽片の頂片は鈍頭、裂片は全縁または鈍鋸歯縁。胞子葉は胞子散布後に枯死する。 エゾフユノハナワラビ(B. multifidum var. robustum)はヤマハナワラビの変種で、母種よりも大型で葉柄に微毛が多く、関西では伊吹山や大峰山などの高所に生育する。 モトマチハナワラビ(B.sp.)は最近見出された種。日陰の林下に生育し、常緑性。栄養葉は光沢があり、羽片の頂片は鋭頭、裂片は細く、鋭鋸歯縁。胞子葉は胞子散布後にも残る。 ナンキハナワラビ(B.sp.)は最近見出された種。日陰の林下に生育し、常緑性。光沢がありモトマチハナワラビに似るが羽片の切れ込みはより浅く、裂片は鋭鋸歯縁。 胞子葉は胞子散布後にも残る。栄養葉の一部に胞子嚢がつくことが多い。 アカフユノハナワラビ(B. × pseudoternatum)はアカハナワラビとフユノハナワラビの推定種間雑種で、栄養葉の表面にはカスリ模様があり、ふつう冬期に栄養葉が両面とも紅変するが、完全に紅変しないものも見られる。 栄養葉は多形性に富み、個体によって両親種の間の様々な段階の形状が見られ、フユノハナワラビに酷似するものもある。胞子表面は平滑に見え、不稔と見られる胞子が混じる。 アカネハナワラビ(B. × elegans)はアカハナワラビとオオハナワラビの推定種間雑種で、大型となり、栄養葉にはカスリ模様が現れ、裂片の鋸歯は重鋸歯状で鋭頭、冬期は鮮やかに紅変する。胞子表面は平滑に見え、不稔の胞子が混じる。 ホソバオオハナワラビ(仮称)(B. sp.× japonicum)はモトマチハナワラビとオオハナワラビの推定種間雑種で、栄養葉は両親種間の様々な形状が出現し、オオハナワラビとの境界が見定めがたい。胞子表面には突起が並び、不稔とみられる胞子が混じる。 近縁種 : フユノハナワラビ、 アカハナワラビ、 オオハナワラビ、 モトマチハナワラビ、 ナンキハナワラビ、 アカネハナワラビ、 アカフユノハナワラビ 関連ブログ・ページ 『Satoyama, Plants & Nature』 冬のハナワラビの迷宮 紅変したハナワラビ達 冬緑〜常緑性ハナワラビの種間雑種 ■分布:本州、四国、九州 ■生育環境:平地から山地の林縁、疎林の林床、山間棚田の土手や畦、丘陵地の向陽な草地など |
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↑Fig.2 全草標本。(兵庫県三田市・墓地林縁 2014.11/11) オオハナワラビに似た形状の栄養葉を持ったやや小型の個体。 |
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↑Fig.3 全草標本2。(神戸市・社寺林の林縁 2014.12/23) 充分に生育した大型個体。オオハナワラビと同等の大きさになり、胞子葉の葉身は大きくなる。 |
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↑Fig.4 栄養葉羽片のバリエーション。(西宮市、神戸市・林縁など 2014.12月) 両親種間の様々な形状が現れ、フユノハナワラビと外見上ほとんど変わりないものも出現する。 両親種の混生地に現れるフユノハナワラビと見える5や6のようなものは、胞子の捻性を調べる必要がある。 |
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↑Fig.5 栄養葉の葉柄。(西宮市・林縁 2014.12/19) 栄養葉の葉柄には早落性の軟毛が生えていることが多いが、春まで軟毛が残っている個体も見られる。 |
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↑Fig.6 胞子葉葉身の拡大。(兵庫県三田市・墓地林縁 2014.11/11) 胞子嚢群は大半のものが正常に形成され、晩秋〜初冬にかけて成熟して割れる。 |
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↑Fig.7 胞子の形状。(兵庫県三田市・墓地林縁 2014.11/11) 正常と見える胞子の中に、凹みの著しいものや「凸字状」に見える痩せ気味の不稔とみられるものが混じる。 |
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↑Fig.8 胞子の大きさ。(兵庫県三田市・墓地林縁 2014.11/11) 1目盛は1.6μ。同一個体内、同一集団内でも胞子の大きさは純粋種よりも変異幅は広く、24〜39μある。 |
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↑Fig.9 中身のない不稔胞子。(兵庫県三田市・墓地林縁 2014.11/11) 1目盛は1.6μ。透過光による検鏡では、中身のない不稔胞子は透明に見える。 |
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↑Fig.10 胞子表面。(兵庫県三田市・墓地林縁 2014.11/11) 1200倍の透過画像を深度合成。外膜は低いうね状突起が網目をつくる。800倍までであれば、表面は平滑に見える。 多くの場合は表面にオオハナワラビの胞子のような突起は見られないが、稀に多少の突起が並んでいることもある。 |
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↑Fig.11 3本の胞子葉を上げた個体。(西宮市・竹林の林縁 2015.1/7) 成熟個体では複数の胞子葉を上げていることがある。胞子葉の葉身が大きくなることと関連しているのだろうか。 純粋な親種では今のところ複数の胞子葉を上げている例は知られていない。 |
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↑Fig.12 早春の個体。(兵庫県篠山市・社寺の林縁 2013.2/26) 日当たり良い場所や寒風に晒される場所ではオオハナワラビの赤紫色に紅変する形質が現れ、栄養葉は暗赤紫色を帯びるものが多い。 成熟した個体では胞子葉の柄は直立したままで、葉身部のみが枯死するが、小型の個体では葉柄ごと倒伏していることが多い。 |
生育環境と生態 |
Fig.13 休耕田跡の疎林に生育するアイフユノハナワラビ。(西宮市・疎林の林床 2014.12/2) 小川に接した水田だったと思われる休耕田跡の畦だった部分にアイフユノハナワラビが点在していた。肥沃な場所であるためか大型のものが多い。 休耕田跡地の畦にはヤマザクラが生育し、日陰〜半日陰状態となり、一定の湿度を保っていると考えられる。 同所的にミゾシダ、コハシゴシダ、トウゴクシダ、ナキリスゲ、コチヂミザサ、ネザサ、ジャノヒゲ、ムロウテンナンショウ、センニンソウ、スイカズラ、 ノコンギク、ヤブタビラコなどが生育していた。 近くの墓地の草地土手の樹木周辺に小型でフユノハナワラビ様の集団が生育しているが、不稔と見られる胞子が混じり、この集団もアイフユノハナワラビだろう。 |
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Fig.14 山間の草地に生育するアイフユノハナワラビ。(西宮市・草地 2014.12/10) 山間の砂防ダム直下の午前中に陽光の当たる草地に群生しているもので、これまでフユノハナワラビとしていたもの。 砂防ダムの下部の壁面にはコバノヒノキシダ、ヤマヤブソテツも着生しており、かなり空中湿度の高い場所である。 羽片の幅や裂片の切れ込み方は変異に富み、裂片には鋭頭の鋸歯が混じる個体も見られ、胞子を確認すると不稔と見られるものが多く混じっていた。 この集団には1個体のみ両面が紅変するアカフユノハナワラビが混じっており、アカハナワラビの影響も考慮すべきかもしれない。 |