オオハナワラビ Botrychium japonicum  (Prantl) Underw.
  里山・山地・林床のシダ ハナヤスリ科 ハナワラビ属
Fig.1 (西宮市・社寺林の林床 2013.2/14)

Fig.2 (兵庫県篠山市・植林地の林床 2013.2/25)

低山〜山地の林床などに生育する半常緑性または常緑性シダ。
根茎は短く、直立、肉質の根を多数出す。
葉はふつう年に1枚出て、高さ15〜70cm、担葉体は短く、長さ2〜6cm、無毛。
栄養葉の柄は長く、長さ10〜20cm、径3〜4mm、地表近くで胞子葉を分岐し、葉身ははぼ5角形、鋭頭、
3出葉的に3回羽状に深裂し、長さ10〜25cm、幅15〜25cm。
羽片は最下のものが最大で、上へ向かって急に小さくなり、大きいものは3角状広楕円形、長さ8〜15cm、
幅5〜8cm、長さ1.5〜3cmの柄がある。
小羽片は広披針形、先に向かってしだいに狭くなり、鋭頭。
裂片は狭楕円状形、鋭頭〜鋭尖頭、縁は鋭鋸歯のあるものから不規則な波状のものまであり、小羽片基部の裂片は
扇形で深裂、葉柄や羽軸に灰色で長い毛をまばらに生じる。
胞子葉は栄養葉より長く、柄は長さ15〜35cm、穂の部分は全長の2/5くらい、2回羽状に分岐し、円錐花序的、軸は無毛。
胞子の表面には微細な突起が大きな網目をつくる。胞子葉は胞子散布後も残る。染色体数はn=135の6倍体。

フユノハナワラビB. ternatum)は向陽の草地に生育し、栄養葉の羽片の頂片は円頭〜鋭頭、裂片は鈍鋸歯縁。胞子葉は胞子散布後に枯死する。
アカハナワラビB. nipponicum)は向陽の林下に生育し、栄養葉の羽片の頂片は鋭頭、裂片は鋭鋸歯縁。胞子葉は胞子散布後に枯死する。ふつう冬季に紅変する。
ヤマハナワラビB. multifidum)は本州中部以北の向陽の山地に生育し、栄養葉の羽片の頂片は鈍頭、裂片は全縁または鈍鋸歯縁。胞子葉は胞子散布後に枯死する。
エゾフユノハナワラビB. multifidum var. robustum)はヤマハナワラビの変種で、母種よりも大型で葉柄に微毛が多く、関西では伊吹山や大峰山などの高所に生育する。
モトマチハナワラビB.sp.)は最近見出された種。日陰の林下に生育し、常緑性。栄養葉は光沢があり、羽片の頂片は鋭頭、裂片は細く、鋭鋸歯縁。胞子葉は胞子散布後にも残る。
ナンキハナワラビB.sp.)は最近見出された種。日陰の林下に生育し、常緑性。光沢がありモトマチハナワラビに似るが羽片の切れ込みはより浅く、裂片は鋭鋸歯縁。
胞子葉は胞子散布後にも残る。栄養葉の一部に胞子嚢がつくことが多い。
アカネハナワラビB. × elegans)はオオハナワラビとアカハナワラビの雑種。
アイフユノハナワラビB. japonicum × B. ternatum)はオオハナワラビとフユノハナワラビの雑種。
近縁種 : フユノハナワラビアイフユノハナワラビアカハナワラビモトマチハナワラビ、 ナンキハナワラビ、 アカネハナワラビアカフユノハナワラビ
関連ブログ・ページ 『Satoyama, Plants & Nature』 冬のハナワラビの迷宮   紅変したハナワラビ達   冬緑〜常緑性ハナワラビの種間雑種

■分布:本州、四国、九州、屋久島、三宅島 ・ 朝鮮半島、中国
■生育環境:低山〜山地の林床など。

Fig.3 全草標本。(西宮市・社寺林の林床 2013.2/14)
  さく葉後3日目の標本で、乾燥に伴って栄養葉が少し縮れている。
  基部から太い根を多数生じる。胞子葉は栄養葉葉柄の地表近くで分岐する。葉身はほぼ5角形。
  胞子葉は越年しても枯れることなく倒伏せず、その葉身も衰弱することはなく、直立して残存する。
  管理された林床では栄養葉は1枚であるが、手の入らない林床では昨年の葉が残っていることがあり、半常緑と考えられる。

Fig.4 葉柄。(兵庫県篠山市・植林地の林床 2013.2/28)
  左は胞子葉の、右は栄養葉の葉柄。栄養葉の葉柄や羽軸には灰色で長い微毛を生じる。似たフユノハナワラビの葉柄はふつう無毛。

Fig.5 栄養葉。(西宮市・社寺林の林床 2013.2/14)
  葉身ははぼ5角形、鋭頭、3出葉的に3回羽状に深裂する。
  羽片は最下のものが最大で、上へ向かって急に小さくなり、大きいものは3角状広楕円形、柄がある。

Fig.6 栄養葉の中軸。(西宮市・社寺林の林床 2013.2/14)
  中軸にはまばらに長い微毛が生えている。

Fig.7 小羽片とその裂片。(西宮市・社寺林の林床 2013.2/14)
  小羽片は広披針形、先に向かってしだいに狭くなり、鋭頭。裂片の鋸歯は先がとがる。
  羽片の基部付近では小羽片が独立し、外側が羽軸にそって翼状についているように見えるが、上部では小羽片が独立しているように見えず、
  深〜中裂しているように見える。
  越年した葉は、葉縁が赤紫色を帯びるものが多い。

Fig.8 栄養葉に生じた胞子嚢。(京都府福知山市・社寺林の林縁 2013.3/15)
  栄養葉の基部近くの裂片が細くなり、胞子嚢をつけていた。オオハナワラビではごく稀に見られる。

Fig.9 日あたり良い場所に生育するオオハナワラビ。(兵庫県篠山市・林道脇斜面 2013.2/6)
  日あたり良い場所に生育するものは、越年した2月頃には寒気と直射光のため栄養葉全体が赤紫色を帯びるものが多い。
  このような場所に生育するものは栄養葉の葉質はやや革質となり、水分が不足するのか、葉縁は裏側に反るものが見られる。
  画像のものは胞子葉は緑色であるが、さらに寒気に晒されると胞子葉も全体が赤紫色を帯びるものも見られる。
  しかし、栄養葉、胞子葉ともに赤紫色となっても、葉裏は緑色を保つ。

Fig.10 半日陰の切り通しに生育するオオハナワラビ。(兵庫県篠山市・林道の切り通し 2013.2/21)
  水分条件の良い場所で、葉縁は裏側に反り返らず、胞子葉は基部から赤紫色を帯びている。やや小型な個体だった。
  ここでは30m程はなれた場所でフユノハナワラビが生育しているが、悩ましい交雑と思われる個体は見られなかった。
  しかし、この切り通しのある山頂には神社があり、そこにはモトマチハナワラビに起因するような交雑個体が見られる。
  この切り通しはオオマルバベニシダや、葉先が次第に細くなって尾状に伸びるトウゴクシダなども見られ、地史的に興味深い場所である。

Fig.11 胞子散布寸前のオオハナワラビ。(兵庫県篠山市・スギ林の林床 2013.11/12)
  兵庫県の内陸部での胞子散布期は、11月下旬〜12月にかけてのようである。

Fig.12 オオハナワラビの胞子。(西宮市・社寺林の林床 2014.11/18)
  胞子の表面には小突起が並ぶ。フユノハナワラビやアカハナワラビには表面に小突起はない。

Fig.13 胞子の拡大。(西宮市・社寺の土手 2014.12/7)
  表面には突起が網の目をつくる。形状は丸味の強い4面体で、1つの頂点部に3つの短い稜が集まっている。

Fig.14 胞子の大きさ。(西宮市・社寺の土手 2014.12/7)
  1目盛は1.6μ。18〜20目盛に納まり、直径は28〜32μだった。

Fig.15 幼個体。(兵庫県篠山市・植林地の林床 2013.2/21)
  葉身の幅5mmに満たない小さなものだが、すでに3裂し、葉縁には鋭鋸歯が並んでいる。

Fig.16 フィドルヘッド。(西宮市・社寺の林床 2013.9/9)
  9月になると栄養葉と胞子葉を同時に立ち上げる。葉柄には細毛が著しい。
  葉はほとんどゼンマイ状に巻いておらず、厳密にいえばフィドルヘッドではないかもしれない。
  左に見える葉は昨年に出た葉であり、本種が半常緑または常緑であることが解る。

Fig.17 フユノハナワラビとの雑種(アイフユノハナワラビ)と推定される個体。(兵庫県篠山市・社寺林 2013.2/26)
  オオハナワラビとフユノハナワラビが混生する場所に見られるもので、兵庫県下では丹波地方にはかなり多く見られる。
  越年しても胞子葉のソーラスのつく部分は枯れるが、胞子葉柄は直立していることが多い。
  葉身両種の中間的な形態となり、オオハナワラビよりも少しボッテリとした印象を受け、栄養葉の葉柄にはまばらに微毛が見られる。
  小羽片が不規則に切れ込む点はフユノハナワラビの形質を受け継いだものだろう。
  これらの特徴は一定の指標となると考えられるが、晩秋に胞子の形状を確認する必要がある。

Fig.18 フユノハナワラビとの雑種(アイフユノハナワラビ)と推定される個体。(兵庫県篠山市・社寺境内 2013.2/9)
  日あたりよい社寺の前庭でオオハナワラビ、フユノハナワラビとともに見られた個体。
  栄養葉は小羽片が不規則に細かく切れ込み、両種の中間的な形質を持っていることが解る。

Fig.19 アカハナワラビとの雑種(アカネハナワラビ)と推定される個体。(兵庫県篠山市・社寺林の林床 2013.4/26)
  栄養葉の全体の形はオオハナワラビに非常に近いが、葉面にはカスリ模様がある上、春期になって紅色から退色し、青白い印象を与える。
  カスリ模様や退色後に青白くなるのは、アカハナワラビの特徴であり、両種の種間雑種であると考えられる。
  この個体の胞子葉はすでに倒れこんでほとんど枯れていた。一方、周囲に生育しているオオハナワラビはまだ胞子葉が直立している状態だった。
  周辺を探してみたが、樹林下の薄暗い場所でアカハナワラビの生育は確認できなかった。

Fig.20 アカネハナワラビの羽片拡大。(兵庫県篠山市・社寺林の林床 2013.4/26)
  鋸歯は内側に湾曲し、裂片の縁には重鋸歯状となる部分が現れている。

生育環境と生態
Fig.21 社寺林内にまばらに生育するオオハナワラビ。(西宮市・社寺林林床 2013.2/14)
西宮市内では40年前に採集記録があり、おそらくこの場所のものではないかと思う。
社寺境内の斜面を段々状に整地し、そこにアラカシ、ツブラジイ、スギ、カエデが生育した混交林内の平坦地であり、滲みだした湧水により湿度が保たれている。
生育しているオオハナワラビの個体数は6株であり、今後の生育を見守りたい。
林床に見られるのはベニシダ、トウゴクシダ、ナキリスゲ程度であり、被植は少なく、オオハナワラビの生育に適した環境だと思われる。

Fig.22 植林地の林床に群生するオオハナワラビ。(兵庫県篠山市・植林地林床 2013.2/26)
オオハナワラビが群生する例は少ないが、ここでは植林地の平坦な場所でパッチ状の群生が見られた。
このような群生は地下の腐生菌類のシダへの影響を考えさせられてしまうものだ。
この植林地では斜面にはベニシダ、トウゴクシダ、マルバベニシダ、ヤブソテツ、イノデ、オニカナワラビ、ヤマイタチシダ、タニイヌワラビ、
キヨスミヒメワラビ、フモトシダ、ナンゴクナライシダ、ホソバナライシダ、イワガネソウ、シシガシラなどのシダ類が見られる。
オオハナワラビと同所的には表層にヒメシノブゴケ、コツボゴケの蘚類、ツルアリドオシ、ヤブコウジ、マンリョウ、ミツバアケビなどの低木や幼木が見られ、
アオキ、チャノキ、イヌツゲ、ヒサカキの幼木とともにツルリンドウ、ジャノヒゲなどが見られる。
一部では同所的にモトマチハナワラビが生育するほか、50m以内の場所でフユノハナワラビ、アカハナワラビも生育しており、画像の群落内でも雑種と思しき個体が見られる。
雑種を研究する場合には非常に面白い場所であり、今年の晩秋には集中的に調査したい場所である。

Fig.23 日あたり良い草地に生育するオオハナワラビ。(兵庫県篠山市・社寺境内 2013.2/9)
社寺境内の植栽されたとおぼしきタマリュウの密生する日あたり良い前庭にフユノハナワラビとともに生育している。
手前の個体はフユノハナワラビのように見えるが、2月になっても胞子葉が倒伏しておらず、雑種であるかもしれない。
その他の個体はオオハナワラビのように見えるが、いずれも赤紫色を帯び、葉縁が裏側に巻いている。


最終更新日:16th.jan.2015

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