ハタベカンガレイ Schoenoplectiella gemmifera  (C.Sato, T.Maeda et Uchino) Hayas. カヤツリグサ科 ホソガタホタルイ属
抽水〜沈水植物  環境省絶滅危惧U類(VU)・兵庫県RDB 要調査種
Fig.1 (兵庫県三田市・溜池 2009.10/16)

Fig.2 (兵庫県三田市・溜池 2008.8/17)

Fig.3 (兵庫県篠山市・溜池 2011.7/15)

湿地や河川、溜池などに生育する抽水〜沈水性の多年草。2004年に新種として記載された。
これまでカンガレイと混同されてきたため、まだ自生地の発見は少なく、神奈川、栃木、富山、京都、静岡、三重、山口、愛媛、福岡、
大分、熊本、宮崎などの県から報告されているが、いずれの県でも分布は局所的で、絶滅危惧種に指定されていることが多い。
今回の観察事例は、おそらく兵庫県内での初の事例になるとかと思われる。

根茎は短く叢生するが、古い根茎が残ることが多く、よく発達した株では古い根茎で放射状に株が繋がっていることがある。
有花茎は高さ50〜130cm、横断面は鋭3稜形、平滑。基部にはふつう2〜3個の葉身のないやや膜質の鞘がつく。
花序は仮(偽)側生し、無柄の小穂が集まって頭状となる。苞葉は有花茎に続き、長さ3〜8cm、斜上または直立する。
小穂は卵形〜長卵形、長さ6〜15mm、鋭頭。鱗片は圧着し、広卵形、長さ3〜6mm、上縁部は少しざらつく。
痩果は広倒卵形、約2mm(1.7〜2.5mm)、横断面はやや不整な両凸形、表面には隆起の浅い横しわがある。
刺針状花被片は6〜7個、長さは痩果の1.5〜1.7倍長、下向きの小刺がまばらにあり、ざらつく。
柱頭の多くは2岐するが、稀に3岐するものが混じる。

兵庫県内に見られるハタベカンガレイは刺針状花被片が痩果の1.5〜1.7倍長あり、原記載の九州産の刺針状花被片が痩果と同長または
短い集団とは異なり、神奈川県植物誌に掲載されているものと近い。

カンガレイ、ヒメカンガレイ、イヌヒメカンガレイ、ツクシカンガレイに似るが、流水域では線形の沈水葉を発達させ、冬期も常緑。
ときに、溜池でも沈水形で常緑のものを見ることがある。
気中葉のみの溜池などの個体では、冬期は草体の一部が残る半常緑で、雌蕊柱頭がほとんど2岐することで区別される。
草体はカンガレイよりも柔軟で折れ曲がりやすく、水中に倒れ込んだ茎の苞葉基部からよく芽生する。
ホタルイとの混生地では推定種間雑種イヌサンカクホタルイS. hotarui×gemmifera)が生じることがある。2n=56,60。
近似種 : カンガレイヒメカンガレイ、 イヌヒメカンガレイ、 ツクシカンガレイロッカクイ、 タタラカンガレイ
サンカクホタルイイヌホタルイ×カンガレイアイノコカンガレイ
関連ページ : 『Satoyama,Plants & Nature』 「ハタベカンガレイ自生地での撹乱と増殖の記録 / 撹乱依存する湿生・水生植物」

■分布:本州、九州
■生育環境:湿地や湿原、河川、溜池など。
■花期:8〜9月
■西宮市内での分布:西宮市内では未確認。県下ではこれまでのところ三田市、宝塚市、篠山市で生育を確認できた。
              標本庫を精査したところ、砥峰高原からの標本が該当したが、現在のところ生育が確認できていない。
              兵庫県下では河川などの流水域での生育は確認できておらず、いずれも溜池で確認されたものばかりである。
              兵庫県内のこのような分布は新生代の地質史と何らかの関係があると考えられ、その解明は今後の課題となる。

Fig.4 開花初期のハタベカンガレイ。(自宅植栽 2007.8/26)
  小花は雌性先熟で、鱗片から2岐する雌蕊柱頭が現れている。
  稈の稜上は平滑で、カンガレイに見られるような逆刺状の突起はない。

Fig.5 Fig.2 の花序を拡大したもの。(自宅植栽 2007.8/26)
  雌蕊の柱頭がいずれも2岐している様子がよく判る。

Fig.6 未熟な痩果。(兵庫県三田市・溜池 2007.9/16)
  雌蕊柱頭は2岐、雄蕊の花糸3本、刺針状花被片は6〜7本(画像のものは7本)。

Fig.7 熟した痩果。(兵庫県三田市・溜池 2007.10/5)
  上:全体像。痩果は広倒卵形で赤褐色で光沢がある。刺針状花被片は痩果の1.5〜1.7倍の長さがある。
  下:横断面は両凸型で、偏3稜型のヒメカンガレイやイヌヒメカンガレイと区別される。

Fig.8 痩果の拡大。(兵庫県篠山市・溜池 2014.11/24)
  刺針状花被片にはまばらに下向きの小刺がある。小刺の長さはカンガレイよりもかなり短い。
  痩果表面にはやや不明瞭な波状の横皺があり、それとは別に非常に微細な縦の条線がある。
  ふつうカンガレイの痩果には波状の横皺は生じない。(注:山間溜池に生育するカンガレイには、時に顕著な横皺が認められる)
  また、ヒメカンガレイでは波状の横皺の隆起はハタベカンガレイより顕著となり、刺針状花被片は痩果とほぼ同長。

Fig.9 葯の拡大。(兵庫県三田市・溜池 2009.12/15)
  ハタベカンガレイの葯長は1.4〜1.7mmの間に収まり、平均1.5mm。
  長さおよそ2.4mmのカンガレイの葯と比較すると明らかに短く、同定上有用なキーとなる。
  したがって、結実前の開花中のものでもカンガレイと区別が可能である。
  ヒメカンガレイ、ツクシカンガレイはハタベカンガレイ同様に葯は短く、検討が必要となる。

Fig.10 小花の鱗片上端部。(兵庫県三田市・溜池 2007.12/3)
  鱗片は広卵形で、先端は鋭頭で非常に短い芒となる。
  鱗片の上縁部には、非常に細かい歯牙状の突起が並び、ややざらつく。
  突起の長さは明らかにカンガレイよりも短い。

Fig.11 基部、および根茎と側根。(兵庫県三田市・溜池 2007.9/16)
  基部の葉鞘は淡色。
  生育環境によるものなのかもしれないが、側根はカンガレイと較べると数が少ないように感じられる。

Fig.12 古い根茎が半ば木質化して残る。(兵庫県三田市・溜池 2007.9/16)
  数少ない観察からははっきりとしたことは言えないが、カンガレイではこのように残る根茎を見たことはないが、
  『岡山県カヤツリグサ科植物図譜 U』には「ときに短い横走根茎を持つ」とあり、さらにカンガレイの観察を続けて確認したい。
  新鮮な側根にはカンガレイよりも細かい枝根が多いように感じられる。

Fig.13 茎の断面。(兵庫県三田市・溜池 2007.9/16)
  茎はふつう、カンガレイよりも細くて柔らかく、ヒメカンガレイよりも太い。
  上:横断面。茎は3稜あり、内部は縦の隔壁によって不規則に仕切られる。この縦の隔壁はカンガレイと比較すると明らかに少ない。
    ハタベカンガレイの稈がカンガレイよりも柔軟で折れ曲がりやすいのは、この縦の隔壁が少ないためだろう。
    また、茎壁面の厚味も、カンガレイと比較するとかなり薄い。
  下:縦断面。直線的な縦の隔壁の間に横方向の隔壁が不規則に生じ、多数の気室を作る。
    上の横断面画像からは、横方向の隔壁には多数の小さな穴が開いた多孔質であることがわかる。
    また、気室内には綿糸状の組織が見られる。

Fig.14 冬期のハタベカンガレイの姿。(兵庫県三田市・溜池 2007.2/4)
  冬期にはカンガレイのように、立ち枯れることはない。
  陸生形のものは一部が枯れずに残る半常緑で、沈水形では常緑となる。
  左手前のものは、沈水葉が発達した個体。
  止水域でも条件によっては沈水葉を発達させることがあるようだ。
  自生地は山間の管理放棄された溜池で、腐植質の堆積物で埋もれつつある。

Fig.15 冬期に抽水状態の群落。(兵庫県三田市・溜池 2009.1/24)
  小穂をつけた前年度の茎は枯れ、秋以降に出芽した新しい茎は水中で常緑であった。
  当日の現地の気温は-0.5℃、水温は4度であった。

Fig.16 冬期に採取した沈水形の個体。(兵庫県三田市・溜池 2007.2/4)
  沈水形のものは扁平で線形の葉を多数叢生する。葉身の幅は約4mm、長さ40cm前後。

Fig.17 沈水葉の葉身が長く伸びた個体。(兵庫県三田市・溜池 2008.3/13)
  画像のものでは沈水葉の長さは76cmに達した。
  この個体がある溜池では、多数の沈水形のハタベカンガレイが水草のように沈水状態で生育していた。
  また、水深のかなりある場所にも陸生形の個体が見られ、茎の長さは長いものでは130cmに達し、苞葉の長さは8cmにおよぶものもある。

Fig.18 沈水葉の葉先。(兵庫県三田市・溜池 2008.3/13)
  葉は上部で次第に細くなり、葉先は鈍頭、またはやや鋭頭。
  ミクリ科やイネ科ドジョウツナギ属の沈水葉と較べると質は硬く、トチカガミ科セキショウモ属に見られるような鋸歯はない。

Fig.19 沈水葉に見られる葉耳。(兵庫県三田市・溜池 2008.3/13)
  充分生育した沈水葉の外側のものでは、明瞭な膜質半透明の葉耳が見られる。
  葉耳の幅は約1mm、長さは5cm前後。
  沈水葉の基部には、陸生形に見られるような鞘はない。
  葉身の脈は格子状をなしている。

Fig.20 沈水葉の横断面。(兵庫県三田市・溜池 2008.3/13)
  粗く不鮮明な画像で申し訳ないが、内部には単層の気室があるのがお解かり頂けると思う。
  画像からは解りにくいが、気室内には綿糸状の組織が網目をなしている。
  中央脈はなく、葉身の厚味は約0.3mm。

Fig.21 気中形の有花茎を上げ始めた個体。(兵庫県宝塚市・溜池 2010.10/22)
  水深のある場所では沈水葉の株が充実すると、気中形の有花茎(稈)を上げ始める。

Fig.22 ハタベカンガレイの芽生。(自宅植栽 2007.3/25)
  上:水槽内で倒れ込んだ稈の苞葉基部から芽生する。
  下:分けつしながら発根したクローン株。稈が枯れると浮遊する。
    自生地では浮遊する子株も確認できた。
  *これに類似する沈水葉を持つカンガレイのクローン株の例(早坂 2001)が愛媛県から報告されていたが、
  この標本はハタベカンガレイ記載時(佐藤ほか 2004)にハタベカンガレイと同定されたようで、今のところ確実なカンガレイの沈水葉の
  クローン株の報告は眼にしていない。今後はカンガレイのクローン株についての詳細な観察が必要だろう。

Fig.23 小穂を生じたクローン。(兵庫県三田市・溜池 2007.12/4)
  枯れた茎とともに、溜池の水面上に浮いていたもの。
  画像のクローンをよく見ると、上部のものは鞘のある3稜形の茎からなり、下部は線形の沈水葉を生じている。
  小穂を持つ茎はいずれも上部から生じ3稜形で、クローン株の上部は気中で生じたと考えられる。
  沈水葉が古びて見えるのは、最初、小穂は水中に没していたが、後の渇水のため気中に出たためであろうか。
  もしくは、ちょうど水面のところに、出芽部位があったのかもしれない。

Fig.24 水面上で芽生した個体。(兵庫県三田市・溜池 2008.8/17)
  水没した小穂のみならず、抽水状態であればホタルイのように苞葉基部から芽生することがある。
  溜池跡の湿地で生育しているものや、自宅で湛水せず陸生状態で育成したものからは、芽生は認められなかった。

Fig.25 気中のクローン株。(兵庫県市三田市・溜池 2008.8/17)
  気中に生じるクローン株は水中で見られるようなリボン状の線形ではなく、3稜形で基部に鞘を持ち、小穂を形成することが多い。

Fig.26 溜池の水底に見られた沈水形の草体。(兵庫県篠山市・溜池 2011.9/24)
  種子からの実生か、減水期にクローン株が定着したもの。
  自生地の溜池の水底にはこのような沈水葉の小型の個体がよく見られる。

Fig.27 水深のある場所で見られた芽生。(兵庫県三田市・溜池 2010.8/24)
  溜池の水深のある場所では、草体は100〜150cmと大きくなり、沈水状態にある全ての苞葉基部からの芽生が見られる。

生育環境と生態
Fig.28 山間の溜池畔に見られるハタベカンガレイ。(兵庫県三田市・溜池畔 2007.12/3)
この溜池は現在も農業用水として利用されており、良好な環境が維持されている。
この場所のハタベカンガレイはカンガレイのようなまとまった大株はつくらず、池畔にまばらに叢生している。
他にはフトヒルムシロ、ヒツジグサ、ハリイのほかには水生植物は確認できなかった。
ハタベカンガレイは1mを越えるような水深のある溜池に生育する場合、大半の小穂抽出部位は水没してしまう。
このような水深のある溜池では、茎は倒れ込むことなく、苞葉基部から盛んに芽生する。
画像右と中央上部にはクローン株が浮遊しているのが見える。
2008年2月の観察では、常緑で線形の沈水葉を持ったクローン株が、水底に定着している様子も観察できた。

Fig.29 ハタベカンガレイの生育環境。(兵庫県三田市・溜池 2009.10/16)
これまでの観察ではハタベカンガレイは秋期に干上がるような水位変動の激しい溜池には自生しないことが解った。
山間の渓流や細流が水源となる山間を堰き止めたような溜池に生育することも解ってきた。
現在はどの程度の水深の場所を好むか、自生地の水質はどうなっているかなど詳細を調査中である。

Fig.30 溜池内のハタベカンガレイ水中画像。(兵庫県篠山市・溜池 2011.9/24)
水中画像。山間の水の澄んだ比較的浅い小さな溜池に生育しているもの。大株では芽生が見られるが、この株は中型で芽生は見られなかった。
株の周辺には線形の沈水葉を持つ小さな個体が沢山見られる。周辺のイトモに似た沈水植物は浮葉のないホソバミズヒキモ。
他にフトヒルムシロ、ヒツジグサが生育していた。

Fig.31 自然度の高い溜池に生育するハタベカンガレイ。(兵庫県宝塚市・溜池 2012.10/8)
谷津奥の自然度の高い小さな溜池に、多種類の水生植物とともに数個体の大株が生育している。
画像中に見られるサイコクヒメコウホネ、ジュンサイのほか、ヒツジグサ、フトヒルムシロ、イトモ、ヤナギスブタ、イヌタヌキモ、
ヒメタヌキモ、ヤマトミクリ、クログワイなどが生育し、池底はフラスコモsp.に覆われていた。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
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堀内洋 2001. ハタベカンガレイ. 神奈川県植物誌調査会(編)『神奈川県植物誌 2001』 436〜437. 神奈川県立生命の星・地球博物館
堀内洋 2002. 神奈川県植物誌2001カヤツリグサ科への補遺及び正誤.FLORA KANAGAWA 52:613-620.
星野卓二・正木智美 2003 カンガレイ. 星野卓二・正木智美・西本眞理子『岡山県カヤツリグサ科植物図譜(U)』 128〜129. 山陽新聞社
佐藤千芳・前田哲弥・内野明徳 2004. 日本産フトイ属(カヤツリグサ科)の1新種. 植物研究雑誌 79(1):23〜28.
前田哲弥・佐藤千芳・内野明徳 2004. ハタベカンガレイの変異とそれに近縁なヒメカンガレイおよびカンガレイとの形態比較.
       植物研究雑誌 79(1):29〜42.
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堀内洋 2004. ロッカクイとハタベカンガレイの新産地. すげの会ニュース 2:1〜2.
北村孔志 2005. 静岡県新産のハタベカンガレイの生育地と水質について. すげの会会報 11:22〜24.
北村孔志 2005. ハタベカンガレイについてのノート. すげの会会報 11:25〜26.
北村孔志 2006. 洪水とハタベカンガレイの影響. 日本生態学会大会講演要旨集 53:290.
前田哲弥 2008. 昭和天皇ご研究のハタベカンガレイの標本. 莎草研究 13:43〜46.
黒崎史平・松岡成久・高橋晃・高野温子・山本伸子・芳澤俊之 2009. ハタベカンガレイ. 兵庫県産維管束植物11 カヤツリグサ科. 人と自然20:176.
       兵庫県立・人と自然の博物館
荒金正憲・瀬戸屋耕二 2010. 大分県新産種ハタベカンガレイとその植生. 大分県の植物 20:31〜36. 大分県植物研究会.
松岡成久 2010. 兵庫県産カヤツリグサ科フトイ属カンガレイ類の形態的特徴と分布. 兵庫の植物 20:1〜14. 兵庫県植物誌研究会.

最終更新日:21st.Dec.2014

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