ヒメカンガレイ Schoenoplectiella mucronata  (L.) J.D.Jung et H.K.Choi カヤツリグサ科 ホソガタホタルイ属
湿生〜抽水植物  環境省絶滅危惧種U類(VU)・兵庫県RDB Aランク種
Fig.1 (兵庫県但馬地方・湿地 2014.10/9)

日当たりのよい湿地、溜池、湖沼などに生育する中型の多年草。
根茎は短く横走し、叢生、匐枝は出さない。茎は高さ40〜80cmになり、横断面は3稜形、質はやや柔らかく折れ曲がりやく、稜上は平滑。
花序は仮側生し、柄のない小穂が3〜13個集まって頭状となる。苞葉は茎に続き、斜上または直立して、長さ1〜5cm。
小穂は卵形、長さ6〜15mm。鱗片は卵形、長さ2〜3.8mm、背面は著しく湾曲し、鋭頭。葯は線形で長さ0.8〜1.7mm。
痩果は倒卵形〜広倒卵形、長さ1.5〜2.5mm、横断面は3稜形で、中央稜は著しく盛り上がり、表面には明瞭な横しわがある。
刺針状花被片は痩果とほぼ同長かやや短く、下向きの小刺があってざらつく。柱頭は3岐する。

ヒメカンガレイには以下の様々な変種がある。
イヌヒメカンガレイ(var. antrorsispinulosus)は刺針状花被片の小刺は上向き。採集記録は岡山県内のみ。
タタラカンガレイ(var. tataranus)は茎の稜に明瞭な翼を持つ。刺針状花被片は痩果よりも長く、下向きの小刺がある。攪乱された環境に生じる。
また刺針状花被片が平滑で、痩果の1/2以下のものは変種内品種チョビヒゲタタラカンガレイ(f. brevisetaceus)とされる。
ロッカクイ(var. ishizawae)はタタラカンガレイに似るが、刺針状花被片は痩果よりもやや短いか同長。分布は新潟県以西の本州と九州。
カンガレイや他の近縁種の特徴についてはカンガレイのページを参照のこと。

近似種 : カンガレイハタベカンガレイツクシカンガレイロッカクイ、 イヌヒメカンガレイ、 タタラカンガレイ
サンカクホタルイイヌホタルイ×カンガレイアイノコカンガレイ

■分布:本州(近畿以西)、四国、九州
■生育環境:湿地、溜池、湖沼など。
■果実期:8〜10月
■西宮市内での分布:市内では見られない。県下では但馬地方と淡路島での記録があるが、新たに播磨地方で自生地が見つかった。
              現状では自生地の生育環境も撹乱と遷移によって徐々に悪化しつつあり、積極的な保護策が必要な自生地もある。

Fig.2 全草標本。(兵庫県但馬地方・湿地 2009.10/10)
  根茎は短く叢生し、茎は高さ40〜80cmになり、カンガレイより茎は細く軟らかい。

Fig.3 基部と根茎。(兵庫県但馬地方・湿地 2009.10/10)
  基部はふつう2個の葉身のない膜質の鞘に包まれ、淡色〜褐色。

Fig.4 伸びた根茎。(兵庫県播磨地方・休耕田 2015.10/11)
  大きな株では根茎が中心から四方にひろがり、古い根茎と鞘が残っていることがある。

Fig.5 小穂は仮側生し、頭状に集まる。(兵庫県但馬地方・湿地 2009.10/10)

Fig.6 茎の横断面。(兵庫県播磨地方・休耕田 2015.10/11)
  茎は1.2〜5mmと幅があり、横断面は鋭3稜形、カンガレイと較べると質が柔らかく折れ曲がりやすい。

Fig.7 茎の横断面。(兵庫県但馬地方・湿地 2009.10/10)
  生育条件によるものか、ややいびつな形状をしている茎も見られた。

Fig.8 小穂。(兵庫県但馬地方・湿地 2009.10/10)
  小穂はこの仲間では小さく、卵形で長さ6〜15mm。鱗片は卵形。

Fig.9 小穂の一部拡大。(兵庫県但馬地方・湿地 2014.10/9)
  柱頭は3岐。鱗片の上縁はややざらつくが、カンガレイほどではない。

Fig.10 痩果。(兵庫県但馬地方・湿地 2009.10/10)
  痩果は濃褐色で倒卵形〜広倒卵形、長さ1.5〜2.5mm。刺針状花被片は痩果より短いものも混じっていた。

Fig.11 痩果拡大。(兵庫県但馬地方・湿地 2014.10/9)
  痩果の表面には横じわが明瞭。横断面は3稜形で中央稜は高く盛り上がる。
  刺針状花被片は痩果とほぼ同長、下向きの小刺があって、ざらつく。

Fig.12 鱗片。(兵庫県播磨地方・休耕田 2015.10/11)
  痩果の中央稜が高く盛り上がるため、鱗片の背面は著しく湾曲する。

Fig.13 葯。(兵庫県播磨地方・休耕田 2015.10/11)
  葯は線形で長さ0.8〜1.7mm、多くは1.2mm前後となる。カンガレイの葯は1.7〜3.8mm。

Fig.14 水中で形成されたクローン子株。撮影:pandaさん(長崎県・休耕田のものを育成 2015.10/11)
  自然状態ではクローンの芽生は観察例はなかったが、栽培下で芽生が観察された。
  有花茎は水中に倒伏し、小穂が付く場所からクローンが芽生している。
  *画像を提供してくださったpandaさんに感謝申し上げます。

Fig.15 クローン子株。撮影:pandaさん(長崎県・休耕田のものを育成 2015.10/11)
  水上に上げて撮影した子株。

生育環境と生態
Fig.16 湿地で生育するヒメカンガレイ。(兵庫県但馬地方・湿地 2014.10/9)
やや高標高地にある一部で泥炭の見られる中間湿原寄りの遷移が進みつつある湿地に、数個体のヒメカンガレイが生育している。
湿地の大部分はチゴザサが優占し、ヤマミゾソバ、アブラガヤ、キンキカサスゲ、オタカラコウがパッチ状に群落を形成している。
湛水状態部ではオオヌマハリイが群生するが、そのような場所ではヒメカンガレイは見られず、主にチゴザサ群落中に生育している。
5年ほど前にはミツガシワなどの高層湿原からの遺存種も点在していたが、撹乱由来の遷移で極端に減少し、ススキの侵入が見られる。
同所的に上記の種のほか、ヒメシダ、ショウブ、ザゼンソウ、シカクイ、ヤノネグサ、タニソバ、ノミノフスマ(山地型)、オオバタネツケバナ、
ニョイスミレ、ミズオトギリ、サワオトギリ、コケオトギリ、ミソハギ、エゾシロネなどが生育している。

Fig.17 野生動物による撹乱・踏み付けを受けるヒメカンガレイ。(兵庫県但馬地方・湿地 2014.10/9)
この湿地では訪れるごとにシカやイノシシが逃げていくのが観察され、普段は野生動物の休憩・採餌場所となっているようである。
ヒメカンガレイは今のところの採餌対象になってはいないが、大半はこのように野生動物の踏みつけによって倒伏している。
現在、人が侵入しないようにトラロープが張られているが、ヒメカンガレイをはじめとした稀少種保護には、野生動物の侵入を妨げるような、
しっかりとした防護柵を設置することが急務だろう。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
星野卓二・正木智美, 2003 ホタルイ属. 星野卓二・正木智美・西本眞理子『岡山県カヤツリグサ科植物図譜(U)』 108〜137. 山陽新聞社
谷城勝弘, 2007 フトイ属. 『カヤツリグサ科入門図鑑』 152〜164. 全国農村教育協会
村田源. 2004. カンガレイ,ヒメカンガレイ. 『近畿地方植物誌』 167. 
河野和博・五百川裕芳・大悟法滋, 2001 日本産ヒメカンガレイの1新変種と1新組み合わせ. 植物研究雑誌 76(4):227〜230.
堀内洋, 2001 タタラカンガレイ(カヤツリグサ科)の1品種. 植物研究雑誌 78(4):225.
堀内洋.2002. 神奈川県植物誌2001カヤツリグサ科への補遺及び正誤.FLORA KANAGAWA 52:613-620.
前田哲弥・佐藤千芳・内野明徳, 2004 ハタベカンガレイの変異とそれに近縁なヒメカンガレイおよびカンガレイとの形態比較.
       植物研究雑誌 79(1):29〜42.
五百川裕・河野和博・大悟法滋, 2004 日本産ヒメカンガレイの1新変種. 植物研究雑誌 79(1):1〜3.
佐藤千芳・前田哲弥・内野明徳, 2004 日本産フトイ属(カヤツリグサ科)の1新種. 植物研究雑誌 79(1):23〜28.
堀内洋. 2004 ロッカクイとハタベカンガレイの新産地. すげの会ニュース 2:1〜2.
堀内洋. 2004 入会のきっかけとなった兵庫県産と思われるロッカクイ(カヤツリグサ科). 兵庫県植物誌研究会会報 58:2.
松岡成久. 2010 但馬地方に生育していたロッカクイとヒメカンガレイ. 兵庫県植物誌研究会会報 82:2.

最終更新日:16th.Oct.2015

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