エゾハリイ Eleocharis congesta  D.Don var. thermalis  (Hulten)T.Koyama カヤツリグサ科 ハリイ属
湿生〜抽水〜沈水植物
Fig.1 (兵庫県篠山市・溜池畔 2009.6/21)

Fig.2 (兵庫県加東市・溜池畔 2011.10/19)

Fig.3 (兵庫県篠山市・溜池畔 2011.9/14)

溜池畔、湿地に生える1年草、または多年草。抽水〜沈水状態でも生育する両生植物。
草体は叢生し、匍匐枝はなく、基部は淡褐色〜淡赤褐色を帯びる。
茎は細く、直立〜斜上し、高さ5〜10cm。ハリイより小さな印象を受ける。
小穂は披針形または狭卵形で、小花はややまばらにつき、長さ3〜5mm。クローン株はハリイよりも生じにくい。
鱗片は卵形で、長さ1.8〜2mmで鈍頭、濃赤褐色または紫褐色。痩果は倒卵形で、長さ1〜1.2mm、横断面は鈍3稜形、濃いオリーブ色。
刺針状花被片は6個つき、痩果同長かやや長く、下向きの小刺がある(下向きにざらつく)。
柱基は圧扁された三角錐形で、幅は痩果の2/3〜3/4、長さは幅より少し短い。雌蕊柱頭は3岐する。雄蕊は1〜2個。染色体数2n=20。

本種は沈水状態になると、茎は水面を目指して長く伸び、小穂基部から盛んに芽生して、沈水状態のハリイ、オオハリイ、ヤリハリイなどとほぼ区別できない。
ハリイE. congesta var. japonica)は小穂が緑色で、痩果は黄緑色で長さ0.7〜0.8mm、柱基は3角錐状で幅は痩果の約1/3。
オオハリイE. congesta f. dolichochaeta)は高さ20〜50cm、痩果が1〜1.2mm、刺針状花被片が痩果の2倍長。
セイタカハリイE. attenuata)は高さ20〜50cm。小穂は広卵形で長さ4〜12mm。痩果は淡褐色で、長さ約1mm、刺針状花被片は痩果と同長かやや長い。
ヤリハリイE. congesta var. subvivipara)は背の高いエゾハリイに似るが、小穂は線状披針形〜線状円筒形、長さ0.6〜1cm、幅1.5〜2mm。ほぼ不稔でクローン株をよく生じる。
ヒメシカクイE. ×yezoensis)はハリイとシカクイとの種間雑種で、捻性は低く、小穂は線形または線状披針形でややよじれ、クローン株をよく生じる。
近似種 : ハリイオオハリイセイタカハリイヤリハリイ、 クロミノハリイ、オオヌマハリイ、 シカクイマシカクイイヌシカクイ×オオハリイイヌシカクイマツバイ

■分布:北海道、本州、四国、九州
■生育環境:溜池畔、湿地など。
■果実期:7〜10月
■西宮市内での分布:市内では確認できていない。県内の中部を中心に自生地が点在する。

Fig.4 草体は叢生し、ハリイに酷似する。(兵庫県篠山市・溜池畔 2009.6/21)

Fig.5 全草標本。(兵庫県篠山市・溜池畔 2009.6/14)
  基部から匍匐枝を出さない。クローン株はできにくいが、水量の増減する溜池畔のものは画像のようにクローン株を芽生することがある。

Fig.6 基部。(兵庫県篠山市・溜池畔 2009.6/14)
  基部は淡褐色〜淡赤褐色で、赤紫色を帯びるハリイとは区別できる。

Fig.7 小穂とその基部からのクローン株の芽生。(兵庫県篠山市・溜池畔 2009.6/14)
  ハリイよりもクローン株を形成しにくいが、画像のようなクローン株の芽生が見られることがある。
  画像最上にあるクローン株はすでに発根しており、少し前まで草体が水没していた様子がうかがえる。

Fig.8 小穂の拡大。(兵庫県篠山市・溜池畔 2009.6/14)
  小穂は披針形〜狭卵形、花数は少なくまばらにつく。鱗片は中肋は細く緑色で、周囲が濃赤褐色〜紫褐色、先は円頭に近い鈍頭。
  ハリイの小穂には花が多数密につき、鱗片にはさび色部分があり、中肋の幅はやや広く、先はやや鋭頭に近い鈍頭となる。柱頭は3岐。

Fig.9 痩果。(兵庫県三田市・溜池畔 2009.10/16)
  痩果は倒卵形で、長さ1〜1.2mm、熟すと濃いオリーブ色となる。
  柱基は扁圧された三角錐形で、幅は痩果の2/3〜3/4、長さは幅より少し短い。

Fig.10 痩果の拡大。(兵庫県加東市・溜池畔 2014.9/23)
  痩果表面には縦長の格子紋が見える。

Fig.11 未熟な痩果。(兵庫県篠山市・溜池畔 2009.6/14)

Fig.12 沈水状態のエゾハリイ群落。(兵庫県篠山市・溜池畔 2009.9/10)
  沈水状態ではハリイやオオハリイと同様、茎は柔らかく細長く伸びて茎頂の小穂基部から不定芽を生じる。
  小穂は水中に没すると受粉できず不稔となって痩せるため、ヤリハリイとの区別が難しくなる。
  このような沈水状態のものは、渇水期に再び陸生するものの小穂を観察して種を見極める必要がある。

Fig.13 沈水状態から陸生形となったエゾハリイ。(兵庫県三田市・溜池畔 2009.10/16)
  沈水状態のエゾハリイは、池が渇水して陸生状態となると、長く伸びていた水中茎は枯れて地表に伏し、茎頂のクローン株は接地し発根して根付く。
  不定芽が根付く間、基部からはしっかりした気中茎が出て、茎頂に小穂が付く。
  小穂は気中にあるため、芽生することなく受粉し、鱗片の内側に痩果を充実させる。
  黄色破線内の小穂は陸生状態で生じたもので、熟した濃いオリーブ色の痩果が見られた。

生育環境と生態
Fig.14 溜池畔の裸地に群生するエゾハリイ。(兵庫県篠山市・溜池畔 2009.6/14)
溜池畔の一画に群生する傾向が強いようで、特に流れ込みの湿地の脇の裸地に固まって見られる。

Fig.15 溜池畔の湧水湿地に生育するエゾハリイ。(兵庫県篠山市・溜池畔 2009.6/14)
溜池畔にある湧水湿地で、軟泥化した腐植質が表面に溜まり、表層を浅く緩やかに湧水が流れている。
後方の大型スゲはカサスゲ群落。エゾハリイは画像手前の半裸地状の軟泥上に点々と生育している。
同所的にシカクイ、ホタルイ、イグサ、アオコウガイゼキショウ、ヒロハノコウガイゼキショウ、ミズニラ、アギナシが生育している。

Fig.16 溜池畔に生育するエゾハリイ。(兵庫県篠山市・溜池畔 2009.9/14)
シカの食害と撹乱の多い山間の溜池畔であるが、エゾハリイをはじめとした小型の草本、匍匐性の草本は難を逃れている。
画像中にはエゾハリイのほか、オオチドメ、ムラサキサギゴケ、トキンソウ、ハシカグサ幼苗などが見られる。
溜池畔の荒廃はかなりひどいが、溜池内にはヒツジグサ、フトヒルムシロ、ホソバミズヒキモ、ミクリsp.が繁茂し、自然度の高い場所である。

Fig.17 溜池畔にヌメリグサとともに生育するエゾハリイ。(兵庫県加東市・溜池畔 2011.10/19)
水抜きの行われる溜池畔にヌメリグサとともに密に群生していた。
両種の生育密度は水際近くではエゾハリイが高く、陸地寄りではヌメリグサの生育密度が高くなる。
水際近くではツクシクロイヌノヒゲが混生していた。

【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。)
大井次三郎, 1982 カヤツリグサ科ハリイ属. 佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・旦理俊次・冨成忠夫 (編)
       『日本の野生植物 草本1 単子葉類』 p.171〜173. pls.154〜155. 平凡社
小山鐡夫, 2004 カヤツリグサ科ハリイ属. 北村四郎・村田源・小山鐡夫 『原色日本植物図鑑 草本編(3) 単子葉類』 p.224〜231. pl.57. 保育社
角野康郎, 1994 カヤツリグサ科ハリイ属. 『日本水草図鑑』 89〜95. 文一統合出版
堀内洋. 2001. カヤツリグサ科ハリイ属. 神奈川県植物誌調査会(編)『神奈川県植物誌 2001』 423〜430. 神奈川県立生命の星・地球博物館
星野卓二・正木智美, 2003 ハリイ属. 星野卓二・正木智美・西本眞理子『岡山県カヤツリグサ科植物図譜(U)』 166〜191. 山陽新聞社
小林禧樹・黒崎史平・三宅慎也. 1998. エゾハリイ. 『六甲山地の植物誌』 250. (財)神戸市公園緑化協会
村田源. 2004. エゾハリイ. 『近畿地方植物誌』 163. 大阪自然史センター
黒崎史平・松岡成久・高橋晃・高野温子・山本伸子・芳澤俊之 2009. エゾハリイ. 兵庫県産維管束植物11 カヤツリグサ科. 人と自然20:168.
       兵庫県立・人と自然の博物館

最終更新日:15th.Oct.2014

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