植物は様々な環境に適応しつつ種分化し、気候条件の非常に厳しい高山帯から、太陽光がかろうじて届くような海底にまで生育しています。 そのような植物達の中から、このサイトでは比較的淡水の水圏に近い場所で生育する植物を取り上げています。 生育形の区分けに関してはいろいろと異論はありましょうが、このサイトでは主に『日本水草図鑑』による分類に従いつつ、さらに湿生植物という 非常に曖昧な区分を設けて、湿地に生育するものや水田雑草群を収録しています。 以下に各生育形の概要を簡単に記します。 |
湿生植物 (hygrophyte) | |||
陸上に生育する植物は生態的な見地から便宜上、乾生植物、中生植物、湿生植物の3つに区分されることが多いのですが、これらの境界はかなり曖昧であり、
湿生植物と水生植物の境界もまた曖昧です。これらの区分はあくまで便宜上、恣意的に考えられたもので単純に分けるのは難しいのですが、植物の生態を考える上での
ある程度の指標となります。 以下に箇条書きにした上記4つのものは明らかに湿生植物と考えられるものですが、最後の1項目のものは湿生植物とは言いがたいものがあります。 しかし、水田や水辺の生態系を考える上ではかなり重要な種であろうと考えられるので湿生植物の項に加えてあります。 ・湿地や湿原に生育するもの。 ヌマガヤ、イヌノハナヒゲ、モウセンゴケ、ウメバチソウ、ヤチカワズスゲ、サギソウ、ヒナノカンザシ、ヘラオモダカ、ノハナショウブ、サワオグルマ、サワシロギクなど ・溜池畔などに生育し、一定期間のあいだ沈水〜抽水状態で生育しても耐えうるものなど(両生植物 Amphibious plant)。 イグサ科のコウガイゼキショウの仲間、ホシクサ科の植物、ハリイ、ホタルイ、ヒメホタルイ、ヒナザサやチゴザサ、ヌメリグサなどのイネ科植物、チドメグサの仲間など ・水田、休耕田や用水路などに見られる水田雑草の一群。 セリ、イボクサ、イヌホタルイ、タマガヤツリ、アゼナ、シソクサ、キクモ、キカシグサ、トキンソウ、ムシクサ、オオカワヂシャ、ヤナギタデ、ミゾソバ、ミズタネツケバナなど ・湿地周辺で見られるハンノキやイヌツゲ、ウメモドキ、キガンピ、テリハノイバラ、ヤナギ科の植物などの木本類もここに入れました。 ・湿生植物とみなすのは難しいが、水田の畦によく出現する種もこの区分にまとめました。 イチゴツナギ、ヌカボ、クサイ、キクムグラ、スズメウリ、ヨメナ、ノカンゾウ、スギナ、コモチマンネングサ、タンポポの仲間、シロツメクサなど |
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定期的に草刈りや耕起の行われる休耕田では様々な水田雑草が見られ、それらのほとんどが湿生植物としてまとめることができる。 |
水田雑草として知られるキクモ。 陸生〜沈水形まで様々な環境に素早く対応した草体に変化する。 キクモ |
シロバナサクラタデは水際の泥濘地に生育する湿生植物。 シロバナサクラタデ |
湿地に適応したホソバリンドウ。 母種のリンドウよりも湿った場所に生育し、競合する種と対応するために葉は細身になっている。 ホソバリンドウ |
ママコノシリヌグイは市内では海岸に見られることが多いが、他地域では休耕田や河川敷などに見られ、湿生植物の範疇に入れた。 ママコノシリヌグイ |
ヌマガヤは氷河期の遺存種で、兵庫県では東南部に偏って生育し、湿原を構成する重要種となっている。 ヌマガヤ |
コセンダングサは湿地や水田のみならず、空き地や道端などどこにでも生育しているが、注意すべき種として湿生植物の項に入れた。 セイタカアワダチソウやメリケンカルカヤも同様に取り上げるつもりでいる。 コセンダングサ |
水田の畦に見られるタンポポ類やオオイヌノフグリ、カキドオシ、ヒメオドリコソウ、ホトケノザなども湿生植物の項に順次収録してゆきます。 |
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水生植物 (hydrophyte) | |||
水生植物とは、発芽が水底で行われ、植物体が完全に水中にあるか、または抽水状態で長期にわたって生育するものをいい、以下の4つに分けられる。 |
・ 抽水植物 (emerged plant, emergent plant, emersed plant) | |||
水深約1m以内の浅水域に生育し、根は水底に固着、茎や葉の一部は水上へ抜きん出る植物。 マコモ、ヨシ、クログワイ、フトイ、カンガレイ、オモダカ、ウリカワ、ミクリ類、ショウブ、ガマ類、カキツバタ、コナギ、ミツガシワなど |
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池畔に発達した抽水植物群落。 画像にはコウホネとカンガレイが見られる。 コウホネ カンガレイ |
ナガエミクリは流水域では葉を流れになびかせて沈水状態となるが、開花が見られるのは抽水状態のもので、基本的には抽水植物である。 ナガエミクリ |
水底の泥中に太い根茎を持ち、抽水状態で群生するマコモはイネ科の代表的な抽水植物。イネも抽水植物である。 マコモ |
溜池で稀に見られるイヌクログワイも抽水植物。水底の泥中にある柔らかくて長い根茎の先に、球根のような塊茎をつける。 イヌクログワイ |
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・ 浮葉植物 (floating leaved plant) | |||
水深約2m以内の水域に生育し、根は水底に固着、葉身は水面に浮かぶ。浮葉とともに沈水葉(submerged leaf)を生じることも多い。 ヒツジグサ、ジュンサイ、ヒシ、ガガブタ、ヒルムシロ、トチカガミ、オグラコウホネなど |
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溜池の水面上で真夏に清楚な花を開くヒツジグサは代表的な浮葉植物。 ヒツジグサ |
新芽が食用とされるジュンサイは、水面に楕円形の浮葉を広げる浮葉植物。梅雨時に小さな赤紫色の花をつける。 ジュンサイ |
オニバスは刺のある大きな浮葉を広げる、1年生の浮葉植物。近年、保護活動が盛んとなった。 オニバス |
フトヒルムシロは西宮市内で最も普通に見られる浮葉植物。貧栄養〜腐植栄養質の溜池に多く、浮葉とともに沈水葉もさかんに出す。 フトヒルムシロ |
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・ 浮遊植物 (free-floating plant, floating plant) | |||
水深約1m以内の範囲内に生育し、根は水底に固着しないか全く欠き、水面または水中を浮遊するもの。 ウキクサ科植物、オオアカウキクサ、ホテイアオイ、タヌキモ、ムジナモ、ウキゴケ、ヒンジモなど |
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西宮市内の溜池でも見られるイヌタヌキモは根を持たず、水面下に藻体を浮遊させる浮遊植物。開花時には花茎を気中に伸ばし、黄色の唇形花をつける。 イヌタヌキモ |
アゾラ・クリスタータは特定外来生物に指定されている浮遊植物。直径は小さく、雑種アゾラに似る。画像のものは水田の約半分を覆っていたもの。 |
富栄養化が進んだ溜池に大発生したホテイアオイ。ホテイアオイは根を持つが、水底に固着せず、浮遊して栄養塩類を水中から吸収する。 |
マツモは浮遊植物であるが、時に茎から仮根を出して、水底に定着することがある。 また、茎の下部が泥中に埋没していることも多く、沈水植物とされることもあるが、ここでは浮遊植物とした。 マツモ |
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・ 沈水植物 (submerged plant, immersed aquatic plant) | |||
ふつう水深約3m以内の水域に生育し、根は水底に固着、茎や葉の全体が水中にあるもの。葉身には気孔はなくクチクラ層は発達しない。 クロモ、フサモ、バイカモ、セキショウモ、ミズオオバコ、スブタ類、エビモ、イバラモ、トリゲモ類、フサジュンサイ(カボンバ)、オオカナダモなど |
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マツモやホザキノフサモとともに古くから「金魚藻」として親しまれたクロモは沈水植物。オオカナダモやコカナダモによって生育領域は狭められつつある。 クロモ |
自然度の高い棚田の水田ではミズオオバコやヤナギスブタなどの沈水植物が見られる。 ミズオオバコ ヤナギスブタ |
ネジレモは琵琶湖・淀川水系に固有の沈水植物。 ネジレモ |
エビモは西宮市内の小河川などで最も普通に見られる沈水植物である。止水域と流水域とでは生活環(年間を通しての生活の様式)が異なる。 エビモ |
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【引用、および参考文献】(『』内の文献は図鑑や一般書籍を表す。『』のないものは会報誌や研究誌。) 角野康郎, 1994. 日本の水草. 『日本水草図鑑』 2〜7. 文一統合出版 大滝末男, 1980. 水生植物の概観. 大滝末男・石戸忠 『日本水生植物図鑑』 286〜302. 北隆館 大滝末男, 1976. 水草の概念と生態. 『水草の観察と研究』 1〜29. ニューサイエンス社 沖野外輝男, 2002. 湖沼の成因と形態. 『湖沼の生態学』 21〜57. 共立出版 清水建美, 2001. 生活形によって分けられた植物の大区分. 『図説 植物用語辞典』 6〜13. 八坂書房 浜島繁隆, 2001. ため池の植物 水草. 浜島繁隆・土山ふみ・近藤繁生・益田芳樹 (編)『ため池の自然』 pp.69〜81. 信山社サイテック 下田路子, 1983. ため池の水辺に生育する小型の「両性植物」について. 水草研究会会報 11:1〜3. |