西宮の湿生・水生植物


 フィールド・メモ


このページはトップページの 「水辺から、そして緑から…」 で紹介した記事のバックナンバーに、一部画像を追加し加筆したものです。

 2009年 11月

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秋の水田・休耕田と溜池 その3
減水した溜池
減水して裸地の広がった溜池畔
減水して溜池畔の裸地が広がっています。 裸地に色の濃い濡れた部分がありますが、ここでは湧水がゆっくりとにじみ出ており、地下水位の高い場所です。 ここでは オオホシクサ が生育しています。 湧水のない場所にも生えていますが数は少なく、乾いた場所ではみな草体は小型化して頭花も小さなものをつけるのが精一杯のようです。 また、付近の似たような溜池では同じような場所で、 シロガヤツリヒメアオガヤツリメアゼテンツキ、 などが見られました。
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秋の溜池と湿地の植物


今回からは溜池や湿地の植物の紹介です。 夏〜秋にかけて降雨量も減少し、灌漑用に使用されている溜池の多くは減水し、中には干上がって底が露出する池も見られる。 また、場所によっては完全に水を落として池干しし、水草の発生を抑えたり、外来魚やザリガニを駆除するところもある。 溜池の水位が下がると、それまで水面下で生育してきた水陸両性の草本が現れて、急激に生長して開花・結実する。 中にはカヤツリグサ科の一部に見られるように、完全に干上がった状態にならないと発芽しない種もあり、この場合は両性とは言い難いかもしれない。 しかしその一方では水位の安定した溜池でないと見られない種もあります。 今回はこういった植物たちを中心に紹介します。


前回のファイルは以下のリンクをクリックしてください。

2009年 10月6日・秋の水田・休耕田と溜池 その2
2009年 9月18日・秋の水田・休耕田と溜池 その1

中山間棚田の溜池
秋でも干上がらない溜池
但馬地方の中山間地の棚田に囲まれた溜池で、画像からは前にある湿生植物が邪魔をして水面があまり見えない上、 数日前の降雨で浮葉がかなり水没していますが、 ジュンサイ が繁茂している溜池です。 他には水中に イヌタヌキモ が生育していて、こういった水草類は毎年干上がってしまう溜池では見ることができません。
この溜池には湿生植物も豊富で、画像手前の白い穂が目立っている オギ、 その奥の マコモ、 開放水面向こうの ガマ などの群落のほか、 ヨシマツカサススキシロネヘラオモダカミズオトギリヌマトラノオミソハギ などが見られました。  (画像をクリックすると拡大画像がご覧頂けます。)
ハタベカンガレイ
ハタベカンガレイ
抽水状態で生育しているハタベカンガレイです。水面になびいているのは沈水形のもので、気中形の株から分けつし旺盛に繁っています。 現在、数ヶ所の溜池でハタベカンガレイの生態を調べているところですが、ハタベカンガレイは水位変動の激しい溜池には決して現れません。 生育場所は決まって山間の谷を土堤で堰き止め、つねに山からの水源によって水位の安定している水のきれいな溜池にのみ見られます。 よく見るカンガレイは干上がるような溜池で生育することはあっても、ハタベカンガレイは決して干上がるような溜池には生育していません。 そういった点で、非常に水草に近いような性質を持った草本であると思います。
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●抽水植物 ハタベカンガレイ
カンガレイ
カンガレイ、ジュンサイ、アシカキ
ジュンサイの浮葉の間から出ている針状線形の葉をもつものがよく見られるカンガレイです。 ここでは降雨のため増水して抽水状態となっていますが、干上がった溜池の縁などにも見られ、 そのためかしっかり自立できるように茎はハタベカンガレイよりも硬くしっかりとしています。 カンガレイの間に見えるイネ科の草本はアシカキで、溜池のほか用水路や休耕田などにも生育し、時に畦から水田に侵入して水田雑草とされることもあります。
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●抽水植物 カンガレイ  ●浮葉植物 ジュンサイ  ●湿生植物 アシカキ
ヒツジグサ
晩秋のヒツジグサ
ヒツジグサは秋になると浮葉の生産を止めて、水底に葉柄の短い水中葉をつけはじめます。 水中葉は浮葉とちがって淡緑色の薄膜質です。 溜池は冬季には水面が氷結することもあり、そうなると浮葉も凍り付いて組織が破壊されてしまうため、 なるべく水温変化の少ない水底近くで水流にもしなやかに対応するような薄膜質の葉をつけるのでしょう。
沈水形のヒツジグサの周囲に見える線形の葉を持つ草体はホソバミズヒキモで、結実し終わる夏以降は浮葉をつくることは少なく、葉腋に新芽を出して殖芽を大量につくります。 この溜池では沢山の殖芽をつけたホソバミズヒキモを観察しました。 (画像をクリックすると拡大画像がご覧頂けます。)
●浮葉植物 ヒツジグサ
ミズオオバコ
溜池のミズオオバコ
ミズオオバコは本来は水田雑草なのですが、圃場整備が進んで早稲が栽培されるような田園地帯では溜池で命脈を保っていることがあります。 ここもそんなような場所で、水田や用水路では全くミズオオバコは見られませんでしたが、この溜池では浅水域をミズオオバコがびっしりと埋め尽くしているような状態でした。 池底はウェーダの足を取られるような軟泥質で、早くから生育していた大株は自身の浮力に耐えかねたのか根ごと浮上して水面上で葉を広げてなおも開花していました。 画像左にはそんな開花個体が見られます。 水中には開花後に花茎をスプリングのように縮めて結実に向かう個体が多数見られ、早期に結実したものが秋になって発芽したと見られるものもかなりありました。
この溜池ではミズオオバコ群落中に多数のミズニラと浮葉のないホソバミズヒキモが生育していました。
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●湿生植物 ミズオオバコ
タチモ
沈水形のタチモ
沈水形のタチモが紅葉していました。陸上のタチモと較べて葉は大きく繊細となり、草体も大きくなります。 水深にあわせて背丈は伸び、ここの溜池では長さ80cmにも達しました。水中茎の下のほうは葉が枯れてしまっており、ほとんどついていませんでした。 この溜池ではヒツジグサ、ジュンサイ、ホソバミズヒキモ、ヒシなどが浮葉植物群落をつくっていますが、一画はタチモの密林のようになっていました。 (画像をクリックすると拡大画像がご覧頂けます。)
●湿生〜沈水植物 タチモ
ホッスモ
ホッスモ
ホッスモは兵庫県下では比較的普通に見られる水草で、丘陵部や低山の溜池や、棚田の水路や自然度の高い水田に生育しています。 水田のものは水を落とされると枯れてしまいますが、その前に大量の種子をつくり、翌年の初夏まで種子が土中に休眠しています。 干上がらない溜池では晩秋まで見られ、画像のように紅葉する姿も眼にします。 ホッスモは生育速度が速く、条件がよいと次々に分枝して空間を埋めて行き、しかも脆くちぎれやすいので、 秋になると溜池の一画の水面を切れ藻が覆っている光景を眼にすることもあります。
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●沈水植物 ホッスモ
干上がりはじめた溜池
干上がり始めた溜池
夏の終り頃になると減水する溜池が多く見られるようになります。 比較的大きな溜池で、岸辺付近に浅水域が広がっている場所では水陸両性の湿生植物が数多く見られることがあります。
画像の小さな浮葉を付けたものはホソバミズヒキモで、浮葉は花期と果実期にのみ見られます。 この溜池のホソバミズヒキモは多くの果実をつけていて、葉腋には殖芽の形成が見られ、そろそろ浮葉が消滅する頃です。 画像手前に見えるごく小さなササのような葉の草本はヒナザサで、沈水状態では茎はほとんど分枝せず、茎を直立させています。 水深の増減に適応しており、水が引くと倒れこんで盛んに分枝して地表を這って小さな花序を上げます。 ヒナザサは兵庫県下ではツクシクロイヌノヒゲとともに自然度の高い溜池によく見られます。 ツクシクロイヌノヒゲについては次項を参照してください。
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●浮葉植物 ホソバミズヒキモ  ●湿生植物 ヒナザサ
ツクシクロイヌノヒゲ
ツクシクロイヌノヒゲ
減水して陸地化した溜池畔の裸地に群生しているツクシクロイヌノヒゲです。 ツクシクロイヌノヒゲは水深の増減によく適応したホシクサ科草本です。 小さな草本にも関わらず、水深にあわせて花茎をのばし、時には50cm近くまで花茎をのばして水面上で開花していることがあります。 ツクシクロイヌノヒゲは他のホシクサ科草本のイヌノヒゲ類と交雑することがあり、混生している溜池では判断に迷うような草体に出くわすこともしばしばです。
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●湿生植物 ツクシクロイヌノヒゲ
オオホシクサ
オオホシクサ
一番最初に紹介した溜池畔に生育しているオオホシクサの集団です。 湧水が表水となっている周辺に生育のよい個体が見られました。 溜池畔にはそのような場所が数ヶ所あって、ミズユキノシタやヒメホタルイとともに足の踏み場ものないほど群生している場所もあります。 長崎県の溜池ですが、自生地は少ないようで絶滅危惧1B類に指定されています。 オオホシクサは全国的に自生地が少ないようですが、良好な溜池が数多く残されている兵庫県下では比較的よく眼にすることができます。 オオホシクサもツクシクロイヌノヒゲ同様、判断に困るような種間雑種をつくることがあります。
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●湿生植物 オオホシクサ
シロイヌノヒゲ
シロイヌノヒゲ (イヌノヒゲ?)
シロイヌノヒゲは溜池畔裸地部分よりも、溜池に随伴する湿地や山間の貧栄養な湿地で見かけることの多いホシクサ科草本です。 ツクシクロイヌノヒゲやオオホシクサが生育するようなかなり長期にわたって水没する浅水域よりも、地下水位の高いような溜池の縁に生育していることが多いようです。 画像ものもは先に紹介したツクシクロイヌノヒゲが生育していた溜池に見られたものですが、 溜池畔のイヌシカクイやイヌノハナヒゲ、アオコウガイゼキショウなどが生育する陸上の湿地に群生していたものです。 なお、兵庫県維管束植物9では、シロイヌノヒゲはイヌノヒゲとともにまとめられたようですが、どのような経緯でそうなったのかは今のところ謎です。
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●湿生植物 シロイヌノヒゲ
溜池畔のホシクサ
溜池畔のホシクサ
陽が沈む直前にたどりついた溜池畔の浅水域でホシクサの白い頭花が薄暮の中に浮かびあがっていました。 ホシクサは水田雑草というイメージが強いですが、時に溜池畔で見かけることがあります。 フトヒルムシロやジュンサイの生育する貧栄養な溜池で見かけることはほとんどなく、ヒシ、ノタヌキモ、セキショウモなどが生育する中栄養な溜池畔で見かける機会が多いです。 ここでは画像上部に見えるセキショウモ、ツクシクロイヌノヒゲやキクモが混生する場所よりも陸地寄りの、足のかかとぐらいの浅場から陸上の裸地泥上に点在していました。 ホシクサはツクシクロイヌノヒゲのような花茎を水面にまで伸ばすような器用さは持っていないので、あまり深い場所には生育していません。
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●湿生植物 ホシクサ
減水した溜池畔
減水した溜池畔の湿生植物群落
自然度の高い溜池畔の浅水域が陸地化すると、背丈の低い湿生植物が足の踏み場もないほど見られることがあります。 画像はそのような溜池畔の一部を撮影したもので、花茎を多数あげたイヌノヒゲ、円柱形の花序をもつヌメリグサ、糸状線形の葉を広げたエゾハリイ、紅葉したヌマトラノオなどが写っています。 ここではこのほかにツクシクロイヌノヒゲ、ミズユキノシタ、ヒナザサ、ミズニラ、タチモ、サワトウガラシ、ミゾカクシ、ヒメホタルイ、マツバイなど豊富な植生が見られました。  (画像をクリックすると拡大画像がご覧頂けます。)
●湿生植物 イヌノヒゲ  ●湿生植物 ヌメリグサ  ●湿生植物 エゾハリイ
●湿生植物 ヌマトラノオ
ミズネコノオ
晩秋の減水した溜池畔に見られたミズネコノオ
ミズネコノオは自然度の高い水田に出現することが多いですが、ここでは減水してすっかり乾いてしまったような溜池畔の礫混じりの裸地に密生しています。 水田で見られるように各節から分枝しておらず、節間は狭まって茎が肥厚し、大半の葉が落ちてしまっています。 分枝がない点から恐らく、長い間沈水状態だった集団でしょう。大半の葉が落ちているのは、もとは沈水葉がついていたものと思います。 ミズネコノオの沈水形は観察したことがないので、来年はじっくり観察したいと考えています。
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●湿生植物 ミズネコノオ
ホソバリンドウ
ホソバリンドウとヤマラッキョウ
溜池に随伴する湿地に群生しています。 ホソバリンドウは湿地に適応した細い葉を持ったリンドウの1品種で、茎も細めでリンドウよりも全体的に華奢に見えます。 茎が長く沢山の花をつけたものは自重が支えきれずに、他の草によりかかっている姿をよく見かけます。 ヤマラッキョウは湿地の最後を飾る花。地域によって変異の多い種で、花数に多少があったり、葉の横断面が扁平なものから中空で3稜形のものまで様々なタイプが見られます。
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●湿生植物 ホソバリンドウ  ●湿生植物 ヤマラッキョウ 
スイラン
用水路脇に生育するスイラン
スイランは本州中部以西の湿地、溜池畔、水路脇などに生育するキク科の多年生草本で、オオジシバリに似た花を咲かせます。 先に紹介したホソバリンドウやヤマラッキョウと混じって秋の湿原を賑わしている光景をよく眼にします。 スイランの葉は長い線形で時にその長さは80cmにもおよぶことがあり、湿地に多いイネ科やカヤツリグサ科と競合するような場所でも生育でき、 ホソバリンドウと同様に湿地に特化したような姿をしています。
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●湿生植物 スイラン


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