ひとくちに水辺といっても、河川、溜池、湿地、水田、用水路など環境条件は異なり、そこに生育する植物の種や組み合わせも場所によって違ってきます。 ここでは、主要な水辺環境をいくつか上げて、それぞれの場所にどのような種が生育しているのかを簡単に説明します。 それぞれの水辺環境についての詳しい各論は、現在まとめつつあるところです。 |
溜池 | |
西宮市というと一見、溜池とは縁遠いと考えられがちだ。平野部はほとんど住宅街や団地、工場、なんらかの施設が立て込んでいて水田も少ない。
中部の住宅地にしても、ほぼコンクリート護岸された新池や甲陽園大池、一部水道用とされるニテコ池などがある程度だ。これらの溜池では、
ヒメガマ
や
ヨシ、
アゼナルコ
などは多少生き残ってはいるが、植栽されたハス
や
スイレン、
キショウブ
などが見られ植生は乏しく、在来の豊かな自然環境はあまり残ってはいない。
甲陽大池では過去に
トチカガミの記録があったが、絶滅した。 しかし六甲山系の船坂峠を越えた北部には大小の溜池が比較的よく残され、未だに農業用水として機能しているものもある。 地図上でざっと数えても150以上の溜池が存在し、中には フトヒルムシロ、 ジュンサイ、 ヒツジグサ などの浮葉植物群落の発達した池や、 シズイ、 ツクシクロイヌノヒゲ などの稀少種が生育する溜池もまだ残っている。このような二次的自然度の高い溜池の池畔では イヌノヒゲ、 ニッポンイヌノヒゲ、 シロイヌノヒゲ などのホシクサ類や サワギキョウ、 モウセンゴケ、 ホタルイ、 タチスゲ、 ヒメゴウソ、 オタルスゲ などの湿生植物が見られる。 北部の低山や丘陵地は多くがゴルフ場として開発されたが、未だに宅地開発が続行している。 これら北部の自然度の高い溜池群は是非とも後世に残す努力が必要だろう。 |
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ジュンサイ を主体とした浮葉植物群落の発達した溜池。(西宮市)→ |
水田 | |||
かつては平野部にも広がっていた水田も、最近ではあまり見かけることがなくなってしまった。平野部にわずかに残る水田では早稲の導入によって2毛作が普及し、
稲作以外の期間は完全に水を抜いて野菜を栽培することが多くなっている。このような水田では泥中に根茎で越冬する
オモダカ
や
ウリカワ、
クログワイ
といった種は消滅し、水田雑草の出現種数は激減するが、一部の地域では
ヒメコウガイゼキショウ、
カワヂジャ、
ヒメミソハギ
が生育する水田も見られる。 減農薬や有機無農薬での水稲栽培も行われつつあり、北部の水田では ミズオオバコ、 ヤナギスブタ、 ヒロハトリゲモ、 イトトリゲモ、 ホッスモ などが見られる場所が少しづつ増えつつある。環境体験学習が行われる水田では ミズマツバ、 サワトウガラシ、 アゼトウガラシ、 キカシグサ、 シャジクモ といった水田雑草が豊富に見られる場所がある。 また、棚田周辺の用水路や畦などには アギナシ、 オニスゲ、 ミズスギ といった稀少種や ヘラオモダカ、 ミズギボウシ、 ヤマラッキョウ、 クロテンツキ、 コシンジュガヤ などが見られる。 |
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←自然度の高い水田中には オモダカ やミズオオバコ、 トリゲモ類が見られる。(西宮市) |
休耕田 | |
耕作の放棄された休耕田では、農薬もほとんど使用されることがなく、1年目には1年生の水田雑草の宝庫となる。
平野部の水湿を保つような休耕田では
タガラシ
や
キツネノボタン、
チョウジタデ、
スカシタゴボウ
のほか、
ホソバヒメミソハギ、
アメリカアゼナ、
タケトアゼナ、
アメリカセンダングサ、
ヒレタゴボウ
のような外来種が多くなる。このような平野部の休耕田でも時として
ミズワラビ
が発生することがある。 北部に広がる棚田が休耕されると、多くの水田雑草とともに埋土種子として土壌に残っていた稀少種も出現することがある。 特に年数回、雑草対策として耕起される管理休耕田では 土中が撹乱されることによって埋土種子が目覚める確率が高く、このような場所では サワトウガラシ、 アブノメ、 ヒロハイヌノヒゲ などが出現することがある。また、地下水の供給が絶えないような場所はときに湿地化して、 オニスゲ、 カキラン、 ホソバリンドウ などの湿生植物が見られることもある。 |
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ミソハギ、 コバギボウシ、 オトコゼリ、 ムカゴニンジン、 カキラン などが生育する棚田の休耕田。(西宮市)→ |
湿原 ・ 湿地 | |||
西宮市内には有名な湿原が2つある。仁川・甲山湿原がそれで、付近には10数ヶ所の小湿地がある。
これらの湿地は酸性度が高く、かつ貧栄養であるため、普通の植物は生育することが難しく、氷河期に南進してきた北方系の植物が遺存的に生育している。
ヌマガヤ、
ミカヅキグサ、
ノハナショウブ、
ウメバチソウ、
ホソバミズゴケ
はそういった北方系の遺存種である。それに対して
ケシンジュガヤ、
マネキシンジュガヤ、
カガシラ、
イガクサ、
ヒナノカンザシ
などは南方の湿生植物で、間氷期に進入して定着したものとされる。
これらの湿原は特別保護地域・西宮市指定天然記念物となっており、乾燥化が進みつつある現在は、立ち入り禁止措置がとられており少し残念ではある。 その他にも市内では小規模な湿地が見られ、溜池の流入部に ハンノキ の水辺湿地林が成立している場所もある。 そのような場所では市内でもそこだけにしか見られないような エゾイヌゴマ、 アカバナ、 コシロネ、 ミズオトギリ、 マシカクイ などの湿生植物が見られることがある。 |
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←貧栄養な湧水湿地では ヌマガヤ や イヌノハナヒゲ、 シロイヌノヒゲ を主体とした湿生植物群落が見られる。(西宮市) |
河川、および河川敷 | |
西宮市の東端には大型の河川である武庫川が流れる。市内を流れるのは武庫川下流域であり、大型河川の下流部に特徴的な
ヨシ
や
オギ、
ヒメガマ
の群落が見られる。
また、周囲の幹線道路や上流の集水域から入り込む植物種子の数もかなりの量にのぼるため、外来種が非常に多く、特定外来生物に指定されている
ナガエツルノゲイトウ
の大群落があるほか、水際には
キシュウスズメノヒエ、
メリケンガヤツリ、
コゴメイ
が群生し、河川敷全体の植生の2/3近くがこれらの外来種によって占められているように思う。
そのような状況であるが、
サンカクイ
や
クサヨシ
の小群落も散在し、
アゼナルコ
や
ゴキヅル、
ヤガミスゲ
も現在のところは健在である。 また市内の小河川には オオカナダモ や コカナダモ の外来水草にまじって エビモ、 ヤナギモ などの沈水植物が生育し、一部の小河川や河川敷では シロバナサクラタデ、 クサソテツ、 シロネ や サデクサ、 コウキヤガラ などの稀少種の生育も確認できた。 |
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武庫川河川敷の ナガエツルノゲイトウ 群落中に生育する サンカクイ と ヒメガマ。(西宮市)→ |
住宅地の水路や溝 | |||
西宮市内の平野部には古く武庫川や仁川から用水を導入した水路が多く残存する。現在では用水としての機能を停止し、排水路となって水量の少ないものが多いが、
このような水路では
エビモ
が生育しているのをよく見かける。また、かつては各所で繁茂していたであろう
ヒルムシロ
が、それぞれ数ヵ所で孤立して生育しているのが見出された。
かつては
ササバモ
が生育している用水路跡とみられる側溝に生育していたが、2010年の暗渠化による工事によりに絶滅した。
しかし、今後さらに綿密な調査を続ければ、残存した個体群を発見できる可能性がないとはいえない。 また、中部から平野部にかけての旧い側溝には土砂が堆積している箇所があり、そのような場所では タガラシ、 イヌガラシ、 スカシタゴボウ、 タネツケバナ、 チドメグサ、 ヒエガエリ、 イヌビエ などの水田雑草が生育している。ところによっては ヒメガマ が生育している箇所も見られる。 |
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←市街地の側溝でかろうじて生育していた ササバモ。現在は暗渠化によって消滅し、市内では絶滅した可能性がある。(西宮市) |
その他の水辺 | |
上記に述べた主要な水辺環境のほか、海浜部にわずかに後背湿地が残存し、
ウラギク、
シオクグ、
ヤマアワ、
アイダクグ
などの生育が見られる。 また、花崗岩の風化が激しい崩壊地(バッドランド)では不透水層の上面に湧水が溜まり、非常に小規模な湧水湿地ができることがある。このような場所の土壌には栄養塩がほとんど含まれておらず、 貧栄養な湿原とよく似た植生が見られる。地下水位の高い場所では モウセンゴケ、 コイヌノハナヒゲ、 イヌノハナヒゲ、 アリノトウグサ、 ホソバリンドウ が、その上部には ノギラン、 ソクシンラン、 トダシバ が見られることが多く、所々に設置された砂防ダム上部では アオコウガイゼキショウ、 ヤマアゼスゲなどが見られ、 周囲にはセンブリ、ヤマジノギク、オオヒキヨモギなどの草本やイヌツゲ、テリハノイバラ、キガンピなどの木本類が生育する。 粘土質の崖や斜面などで湧水のある場所でも湿生植物が見られることがある。このような場所では トウカイコモウセンゴケ、 ノグサ、 ノテンツキ、 ミズスギ などが生育していることがある。 |
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バッドランドの湧水湿地に見られる モウセンゴケ と ノギラン。(西宮市)→ |
溜池に生育するジュンサイとシズイ(西宮市) 〜 この豊かで静ひつな光景を後世に伝えることは可能だろうか 〜
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